「ありがとう。楽しかったよ」


「本当にここでいいの?」


人里離れた小さな駅は、少し日が落ち

ると静かなもので、俺たちの声だけが

ホームに響いていた。


「翔ちゃん家まで送るのに…」


「トラックで?」


「うん。かっけーじゃん?」

「wwwまぁ、目立っていいかもな」

「でしょ?なら!」

「でも、だめ」

「なんでだよ!」

「心配…だから。雅紀1人を都心から
  トラックで帰らせるなんて、できない」

「え?し、翔ちゃん…?」

「ぜってー、お前帰れなくなるから!」

「へっ?」


「雅紀、方向音痴だろ?今日だって何回

  引き返したんだよ…」

「あ、あれは、たまたま…」



www

「嘘、嘘。マジで…心配だから…雅紀が…」

「…翔ちゃん…」

「俺より先に家に着いて安心させて?」

「…うん…」


なんか。甘いな…俺。

気持ち悪い程…甘いな…。



今日出逢って
たった1日一緒にいただけ。

なのに。

離れるのが寂しいなんて
俺はどうかしてる?


「あ。雅紀、携帯…番号教えて?」

「あ、あぁ!そうだね!交換しよっ!!

  翔ちゃん、ちゃんと連絡してよね!?」

「雅紀こそ!」



「「・・・・・・・・・・・・・」」

 



だから。雅紀…
なんでそんな顔すんの?


そんな顔で見つめられたら…


「し、翔ちゃんっ!?」



我慢…できないだろ!?

 


体が勝手に…
俺の腕が勝手に…

雅紀を…胸の中に閉じ込めていた。


雅紀の甘い香りが鼻をくすぐる。


「また…来るから…」

「うん…」

「近いうちに。また」

「うん…。待ってる…」


雅紀の手が俺の背中に触れ


キュッ


シャツを掴んだ。

拒んではいない。

少しだけ腕に力を入れて体を密着させた。
 


ドクドクドクドク………


お互いの心臓の音が入り混じり

静寂な空間に
ハーモニーを奏でる。
 

錆びた外灯が、ほんのりとオレンジ色の

光を揺らす。

 



何を言った訳じゃない。


ただ、俺は
俺たちは…

きっと…今

同じ気持ちだ。



「じゃ、またな」

「うん。気をつけて。着いたら連絡する

   ね」

 

「俺も…」


心配だから、と、先に雅紀を帰し

数分後、俺はホームに着いた電車に乗り

こんだ。乗客は数人。

これなら、安心して座れそうだ。

念のため俯いて、俺はそっと目を閉じた。



はぁ……。


揺れる電車の中で振り返る 。

長くて短い、濃い1日。

いや、運命の1日…か…?

 


心地良い1日だった…。


 

ブルルルル…

 

『着いたよ』


雅紀からのLINE。

 

『翔ちゃん!今日は楽しかった!

  ありがとう♡』

 

末尾に付けられた♡の文字が、妙に雅紀に

似合っていて、くすぐったく感じた。

 


『こちらこそ、ありがとう。楽しかった

   よ。もう少しで駅に着く。

   また、家に着いたら連絡する』


『了解。気をつけて帰ってね』

 

可愛らしい、うさぎの《了解》スタンプを

確認して、俺は自然と緩む顔でスマホを

ポケットにしまった。


 

 




 

 

 

「はい。潤。頼まれてた取材。
   頼まれたことしか、してねーぞ」

「あー。ありがと。それ、翔さん持っ

   てて」
 

翌日、早速頼まれた取材を、まずは潤に

渡したら、まさかの答えが返ってきた。


「は?」

「翔さんのコーナーで使うらしいから。
  翔のイチオシだって…www。翔さんが

  おすすめするお気に入りの場所を、写

  真で紹介するんだと」


「え。聞いてないけど?てか、依頼され

  て行っただけで、俺のお気に入りじゃ

  ねぇじゃん?」


「でも、お気に入りになったんでしょ?

  wwwま、近々、説明あるんじゃない?」




なんだよ、それ。それなら、もっと…
ちゃんと…大野さんに色々聞きたかったし…。



潤は  ‟ちょっと見せて” と、デジカメを

手に取って写真の画像をめくり始めた。



「へぇ。この人が大野さん?
  かわいい顔してんね。いかにも癒やされ

  そう」

「あぁ。これで38歳だと」

「見えねーwww」

「だろ?www。

  でも、マジ!コーヒー旨いぞ」

「へ〜。で、翔さんのかわいい人は?

  どの娘?」

「んな娘いねーてっばっ!」
 

 

 


くるくる表情をかえながらデジカメを

見ていた潤の手が止まった。




あ…れ?




「ん?どうした?」

「いや……。翔さん。この道の駅って
  こっから、どれくらい?」

「え?どうかな?電車で50分?
  車なら1時間半くらいじゃね?」


「そっか…」

「なに?行きたくなった?」

「あ…うん。俺も行きたい…」


《行きたい》


潤のその言葉の裏に

どんな気持ちが隠れていたかなんて…

その時の俺は

全く…想像すらしていなかった。





『お疲れ様。昨日ニュース見たよ。
  翔ちゃん本当にテレビ出てた!
  俺、感動しちゃった!』

『イケメンに映ってた?』

『うん。でも本物の方がイケメン!』

『そりゃ、どうも(笑)』



たまに、来る雅紀からのLine。



ちょっと
彼女みたいで、ニヤける。


『今度の土曜日、同僚と一緒に
  道の駅に行く予定なんだけど 雅紀、

  いる?』

『え?翔ちゃん来るの?いる!いる!
  俺、仕事!楽しみに待ってる!』


ふふふ…
やっぱ、かわいいな。

ちょっとだけ…からかってみる。


『俺は
  雅紀に会えるのが1番楽しみ♪』

……。

返答なし。

おい、おい。
さっきまでの即答はどうした?

てか、
これ、絶対返答、悩んでるぞwww。
真っ赤な顔してさ。うーって唸ってるぞ。


目に浮かぶ姿で
ニヤニヤする俺って
ちょっとあぶねーヤツかも(笑)


しばらくして…


『俺も…』


送られたのはたった2文字。
 


この2文字に何分かかってんだよ!
マジでかわいすぎ…。


会いたい。早く会いたい。


ただ、ただ、会える日を楽しみに…


『おやすみ』


俺は眠りについた。