以前、人里離れた山奥や無人島で、生活してる方々のドキュメントを、テレビで拝見した事があります。
そこには人家から遠く離れた、忘れ去られた様な山居でくらす若夫婦や、無人島ぐらしの還暦の私と同世代と思われる男性、山里の空き家を改装して暮らす夫婦、、などが生き生きと写し出されていました。
ボンヤリとした憧れで深山生活を、夢見ている私などには、眩しすぎる映像が続きました。
力を合わせて畑作に汗する若夫婦は、ただの憧れの田舎暮らしでは無く、
確固とした人生観を持ち、子育てについてもその環境での教育の必要性や、
学業への影響など、その年齢を超えた見識を備えてました。
やはり、都会での子育て環境に、いささかの疑問をもたれた、若者夫婦が多いようです。
わたしも、共感する所が多々ありますが、
動機が、その子息の教育の場を考えての事で、子供が巣立った後は、またその指針が
変わるかも知れません。
それに対して高齢の方は、複雑な事情が有る様です。
人間関係に嫌気がさしての逃避か、本来から社会生活に馴染むのが苦手な人、
あるいは宗教的な思想で、あえて自然の中に身を置いて居るかも。
それぞれに事情があるでしょうが、
それじゃ、私は何が深山幽谷に、その思いを抱くのだろうか?
実は、都会生活に十分に満足していて、精神的な罪悪感からの偽善化かも知れません。
あるいは先が見えた人生への、寂しい抵抗かも。
小市民的な生活が体にべったりと、染み付いてしまって、山奥で神仏の手を借りて洗い流そうと
企んでいるのです。
嫌な性格です。
自分を変える事すら、山の神さんに頼ろうとしている。