命日 | きぃままランド

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今日は母の命日です

1985年11月26日
突然の知らせでした

その前月 初めての子を出産
人生で味わったことのない喜びを感じつつ

世間一般では「里帰り出産」となるものわ 母が病弱なため
自宅で産むことに すぐ隣には義姉がいて
お産の病院まで指定する義姉に少し窮屈さも感じるものの
母となる日を待ち 2週間早くの出産になった
予定では11月 母の事を思えば2週間早く産まれて来てくれて
母に息子を会わせてあげられたし 抱かせてあげられた

出産当日予定日でもないのに高槻に住む母は明け方
まだ寝ている父を起こして「今日生まれるから神戸に連れて行って」と
言ったらしいです
母はこういう直観というかあるらしく
父は母を連れて神戸へ

退院までいてくれるのかと思ったら
姑達が四国から来たのでバトンタッチ 母は高槻へと帰っていき
内心「母親なのにこんな時ぐらい傍にいてほしい」と母の体の事も気にかけず
自分の事ばかり考えていたと今更ながらに反省です 

退院後 母からは宮参りの着物が家紋入りで届けられ
お腹にいた時から「男の子」と男の子の着物で仕立てたらしいです

姑達が出産祝いの席をと準備していてくれ予定では 両親と弟も来る予定
所が父から「行けなくなった」と連絡が
理由を聞いてもどうしても行けないと
あとで姑達は この時母が入院したという事を知っていたらしいですが
この時に言われた言葉の数々と態度はトラウマになっています この時だけではないか・・・

姑達は入院した母の見舞いを義姉達と行って来ていたらしく
母の様子からみてそう長くないと思い 私に「お母さん入院されているから見舞いに行きなさい」と
パパと2人 初めて息子を姑に預けて高槻へと見舞いに行くと

気丈な母の姿はなく ベッドに横たわる母の姿に涙が出た
瞬間母との最期の時間になるかもしれないと
その通りになった

見舞いに行っておいでと送り出してくれた姑の言葉は
「春になったら退院できる感じ 念のための入院だから心配ない」
それを聞いていただけにギャップは大きかった


来月は父の命日です