阪神淡路大震災から17年
家が半壊という被害はあったものの
我が家はたいした被害もなく
みな無事だった。
兵庫区にいる主人の姉一家も無事で
舅達も無事だった
が
その後、我が家に避難してきた義姉一家
舅達の事で
随分と辛い日々を過ごした
主人も精神的に疲れていたのでしょう
今話しても、本人は「そうだったか?」と
覚えていないようだけれど
主人の態度や言葉にも涙した。
孤独でした。
主人達家族の中に私は入る事が出来ず
末っ子だけが心の支えだったように思う。
孤独の中にいた時に
隣町の知人が電話をくれて
「お風呂に入りおいで、洗濯物もっといで」と
遠慮する私に
「こんな時に遠慮してどうする?子供たちだけでも
お風呂に入れにおいで、何人きてもいいから、みんな連れてきて
車に乗れないなら、私も迎えに行くから」とまで言ってくれた。
言葉に甘えて舅達に話すと
「いかない」の一言
上の子たちも行かないと・・・・
末っ子と私だけ知人の所へ
久しぶりのお風呂と
子供たちの洗濯物
私たちがお風呂に入っている時
知人は洗濯をしていてくれた。
お風呂からあがると、暖かいシチューが
この時食べたシチュー 最高に美味しかった。
何日もお風呂に入ってない私たちを
快く「入りおいで」って言ってくれた事に感謝
人の暖かさを感じ、それまでの孤独感がとけた瞬間
一人じゃないんだと
知人宅から帰ると
姑が玄関先で怖い顔して
「遅かった、何してた?あんたたちだけええね」と
続けて
「○○でお風呂解放してるから」と
「連れて行って」ではなく 怒った口調で。
舅は人が入った風呂が嫌いな人で
我が家でも必ず「一番風呂」の人
だから「大衆浴場」は嫌っていたが姑に怒られ
行くこととなった。
私も上の子2人を お風呂に入れたかったので
良かったんだけれど・・・・
震災で私は「この人たちの家族ではない自分」を知らされた
その思いは今も同じです。
震災の映像や 震災を思う時思い出す。