アパートに帰ってすぐ、俺は手を引かれてソファーに連れ込まれた。座ったまーくんが自分の膝の上に俺を座らせる。
そしておデコをくっつけるようにして俺の目を見つめてきた。
いつもならドキドキする体勢。
いや、ドキドキしてるよ、でもまーくんの目がヤケに真剣で。俺は緊張して身を硬くした。

「かずは、まだ気にしてるの?」
「…何が?」
「俺の手のケガ」

そりゃ気にはしてるよ。
あの変態オヤジが落としたナイフを俺が拾ったせいで、まーくんが手をケガしちゃったんだもん。

「あの時はごめんね…」
「違うだろ?悪いのはかずじゃない、アイツだろ?謝るなって、俺言ったよね?」
「そうなんだけど…」

違うんだ。違うんだよ。
ホントに怖いのは俺自身なの。
あの時、身体の奥底からなにか、ぐわっと湧き出すものがあって。恐怖というより、怒りみたいな。それに支配されるように、俺はナイフを握りしめてアイツの懐に突っ込もうとしてた。
頭の中は真っ白。無我夢中で訳わかんなくなってた俺。

気がついたら、まーくんが俺の手をナイフごと握ってた。
ダメだよって。俺が苦しむよって。
そしてまーくんの手から血が流れたんだ…。

普段ほとんど腹を立てたりしない俺が、あんなふうになってしまうなんて。
そんな自分が怖い。
またそうやって、いつかまーくんを傷つけてしまうんじゃないかって。

「俺、アイツ殺してたかもしんない」
「なに言ってんの、殺してないでしょ」
「それはまーくんが止めてくれたからじゃん、そんでケガしてっ。今回だって山田くん居なかったら、わかんなかったよ!また、また…」
「かず!」

まーくんがスゴい力で俺を抱きしめた。
興奮した俺の口から上擦った声が転がり出た。

「誰かが…まーくんが、キズつくより、俺がケガした方がずっとマシだよ!」

言ってしまってから、後悔した。
本当の気持ちだけど、まーくんは喜ばないだろう。なんなら怒るかも。
けど、まーくんはしばらく黙って俺を抱きしめていた。

「ホントにケガしてた奴が何言ってんの」

まーくんがそう言って、俺の背中を撫でた。
それからゆっくり、ひと言ひとこと噛みしめるように話し出した。

「そんなのお互い様だろ。そんな悲しい事にならないように、俺はかずのそばにいるんだし、かずも、俺の隣にいる、そうだろ?」

背中を撫でるまーくんの手が温かい。

「何度だって、俺は同じことするよ。もし逆の立場だったらかずもそうする、それが俺たちじゃんか」