約束の当日は、昼過ぎから山田くんの家庭教師で、夕方頃いつもの駅前でゆうくんと待ち合わせになっていた。

本当はもっと早い時間がよかったな。
けれど、ゆうくんがかつてとても観たかった例のホラー映画が、なんと小さな映画館でリバイバル上映されているというんだ。
しかも調べた時にはもう終了間際で、この時間しか取れない状況で。

もう、こうなったらさっさと一緒に観て、古い思い出をスッキリしてもらおうじゃないの!

自分のバイトに出かけるまーくんには、「今日は山田くんち」とだけ言っておく。
嘘じゃないもん。

「夜ご飯は食べてくる、かも」
「ふーん、了解。そん時は連絡して」
「わかった」

まーくんがチラリと俺を振り返った。
そして顔を近づけてじいっと見つめてくる。
心臓が小さく跳ねた。う、疑われてる?

「行ってらっしゃいのちゅーは?」

…はあぁ?
いつもはそんな事言わないくせに、なんなんだよ。新婚さんかよ!

と、ツッコミたくなったが、今日のこともある。俺は素直に言葉に従っておいた。アレコレ詮索されても面倒だ。

「行ってらっしゃい」

まーくんの肩に手を置いて、俺は伸び上がるようにして唇を寄せた…。
その瞬間まーくんの腕にガッチリ抱き寄せられ、ガッチリ濃厚なちゅーを受ける。

行ってらっしゃいのちゅーじゃないだろ、絶対。
もおぉ、出がけになんて事するの。
まーくんが手をフリフリ玄関ドアを閉めたあと、俺はその場に座り込んでしまった。


いや、ぽやぽやしてる場合じゃない。
俺も準備して出かけなきゃ。

顔を洗って鏡を見たら、なかなかの寝癖。
めんどくさいから、いつものキャップを装備。
寝癖もね、まーくんが「可愛い」って言うから、気にならない。
正直、どこが可愛いのか、さっぱりわからないけどね。