家庭教師代を出世払いすると言うゆうくん。
いずれ働いてお母さんに返すんだって。
まだまだ子どもっぽいと思ってたけど、ちゃんと考えてるんだなあ。
「ゆうくんも大人になったね〜」
その日の夜、アパートに帰り、まーくんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、俺はゆうくんを褒めた。
まーくんの眉がピクリと上がる。
「…まぁ、あんな態度じゃ、自分で払うのもアリじゃない?やる気あんのかビミョーだし」
うーん、確かにまだそれほど積極的ではないけど、兄はキビシイな。
「これからだよ、まだ志望校も決まってないんだもん。俺も、がんばるしさ」
「……………」
まーくんは黙ってコーヒーを飲んでる。
あれ、「兄ちゃんと違って」って言われたの、実は堪えてんのかな?
俺は気にすんなよと伝える気持ちで、まーくんにぴととくっつき、ちびちびコーヒーを飲んだ。
「あのさ、かず」
「んー?」
「こーゆー事、ゆうにすんなよ」
「なにが?」
こーゆーこと?
マグカップを両手で持ったまま、きょとんとまーくんを見上げた。
「だから、そーゆー事!」
「だから、なにが!?」
まーくんは「もー!」って頭を掻きむしると、俺のコーヒーを取り上げ、そのまま床に押し倒してきた。
「さっき、ゆうの奴にされてただろ」
上から見下ろすまーくんの黒目がちの瞳。
その瞳に囚われる俺。
一気に体温が急上昇するのがわかる。
言われてみれば、確かにさっきと同じシチュエーション。同じなのに。
「床ドンとかさあ!油断も隙もありゃしない」
「ゆかどん…」
「かずもさあ!そんな隙だらけでさあ!」
ええぇ、だって、ゆうくんに床ドンされるなんて、思わないじゃん。ただのおふざけみたいなものだとしか思わなかった。
大きなわんこがじゃれてるみたいな。
でも、でも、今は違う。
顔が、熱い。
「……もん」
「え?」
「だって、まーくんにされるのと全然違かったんだもんっ。床ドンされてるとか、そんなの知らないし。わかんないしっ」
自分でも何言ってんだと思ったけど、どう伝えたらいいのかわからなくて、勝手に涙が滲む。
「俺がするのと違うんだ?」
「違う、ちがうよ、全然っ」
「どう違うの」
「どうって…」
絶対わかってるだろ。
そんで、俺が上手く言えないのもわかってるくせに、わざと聞いてんだよな?
もどかしくて、たまらなくて、俺は腕を伸ばし、まーくんの首にしがみつこうとした。
しかしもうちょっとの所で、まーくんの手が俺のおでこを押さえたから、俺は動きを封じられてしまった。
なんだよ、俺はキョンシーかよ!