その時ちょうど、克実ちゃんちの前の廊下を、まーくんが鼻歌を歌いながら通りかかった。
「おお、ちょっと兄ちゃん!」
克実ちゃんが急いでコンロ横の窓を開けて、まーくんを呼び止める。その声に俺は、ビクッと反応し、固まっていた身体がカクカク震えた。
「ぜんざい食ってくか?ぼう…いや、にのちゃんもこっちにいるぞ」
「え?あ、ありがとうございます」
二人が話している間に、俺は慌てて持っていた本を写真ごと棚に押し込んだ。心臓がバクバクする。
玄関からまーくんが、「かず?」と奥の部屋を伺っているのがわかって、俺は条件反射のようにまーくんのそばに駆け寄っていた。
「またお邪魔してたの?もー、ホントにさぁ…かず?どうかした?」
俺は喉が詰まったみたいに上手く言葉が出なくて、ただまーくんの上着の裾をぎゅうと握った。小言を言いかけてたまーくんは、そんな俺の様子にわずかに眉をひそめて、じっと俺を見た。
「あっちぃ!」
克実ちゃんが叫んだ。
転がり落ちそうになったお餅を手で掴んでしまったらしい。
まーくんは、「あーあー、大丈夫ですか?」と、俺を裾にくっつけたまま、克実ちゃんを手伝い、なんとかぜんざいがこたつの上に三つ並んだ。
「にのちゃんはお兄ちゃんっ子だなあ」
克実ちゃんが笑った。
俺がまーくんと同じこたつの一辺に、くっついて無理くり座っていたからだ。
「えー、ファミレスとかでも、一緒のとこに座ってますよぉ」
まーくんが答える。
前からだけど、克実ちゃんは勝手に俺たちを兄弟かなんかだと思い込んでるみたいなんだよな。
「めちゃくちゃ美味しい!」
まーくんがぜんざいを褒めて、克実ちゃんは満足そうにうんうん頷く。
でも俺は正直、味なんかわからなかった。
頭の中が混乱してて、お餅を喉に引っ掛けなかっだけマシって感じで。
テンパってなんか色々口から勝手に言葉が飛び出しちゃってたけど、何を喋ったかほとんど覚えてない。
適当なところでまーくんが腰を上げ、俺を連れ出してくれた。
「なんかあった?」
自分たちの部屋に入ると、奥の部屋に連れていかれ、二人で膝をつき合せる形で座った。しかもなんでだかお互い正座。俺の手を取り、下から覗き込むまーくんの顔は、真剣で心配そうだった。
「……なんも」
それなのに。
とっさに出た言葉は否定形だった。
だって、なんて言えばいい?
克実ちゃんちに、俺の知らない写真があった、なんてそんなバカみたいな話。
もしかしたら、似てるだけで他の人かもしれないし、なんか自意識過剰みたいじゃん。
そもそも克実ちゃんは大丈夫って豪語したのは、俺なんだよ。あれだけ言っといて今更、自分で自分のマヌケさ加減を証明するようなものじゃんか。