研究所に隣接する自室のデスクで、本郷博士は腕組みをしていた。
目の前のモニターを眺め、小さく貧乏揺すりをする。イライラしている時の癖だ。
実は先ほど、秘書であるにのの身体に新しい機能を勝手に追加した事を知ったのである。
元々秘書代わりに使っていたアンドロイド「白雪」、名前も「ゆき」とつけた。
とても気に入っていたのだが、そのボディを今回の大事な脳移植実験に提供したため、今現在その被験体であったにのが、代わりに秘書として働いている。
見た目もにのに似せて改造され、ほぼ全てがにのになったと言えなくもない。「ゆき」は制御機能としてにのの脳を見守っている状態だ。
その事に何の後悔もない。
にのは頭の回転も早いし、気が利くし、愛想もいい。なにより、その場の空気を読むことに長け、相手の懐に入り込むのがとても上手かった。
見た目も、「白雪」に引けを取らぬ愛らしさだ。だから満足はしている。まだ扱いに慣れないもどかしさはあったにせよ。
しかし。
だがしかしなのである。
彼の元からの仲間が問題だった。
一言で言えば、「過保護」…だろうか。
大手術の後なのだから仕方ないのかもしれないが、口を出すのはもちろん、手まで出す。
あれこれと世話を焼き、心配し、甘やかした上に、ワガママも聞き放題。その上改造まで勝手にする始末。
そしてついに、なんと彼のボディに性機能までつけやがったのである!
「しかも事後報告とはどういうことだ!」
握った拳でデスクを叩いたら、マグカップのコーヒーが零れ、危うく博士の白衣にかかるところだった。
常時脳の状態を監視し、そのデータは逐一報告してくる「ゆき」なのに、なぜこの重大事項はすぐに伝えてこないのか。既に数日経っているではないか。
「ただいま〜」
そんな葛藤の真っ只中、にのがのんきにお使いから帰ってきた。
「…おい」
「博士オキニの大福が売り切れてたから、うぐいす餅にしましたぁ。俺は豆大福にしよーって言ったけど、ゆっきーがダメって」
「そうだ。柔らかい餅に硬い豆は歯触りが気に入らんから…って、違う!!」
「違うの?」
「いや、違わないんだが、そうではなくて…」
「じゃ!お茶にしましょ〜♡」
「………………」
こんな具合で、全く歯が立たないのである。
まだまだ扱い方がよく掴めていない。
お湯を沸かしにいく後ろ姿を「ぐぬぬ」と見送り、すぐさまパソコンのキーボードを叩いた。
アンドロイド内部にいる「ゆき」本体と直接やり取りするためだ。
どこか掴みどころのないにのには、くるりくるりとかわされてしまう。あの可愛い顔に騙されないようになるには、たぶん経験値が絶望的に足りないのだろう。
しかし「ゆき」は違う。
雇い主の俺には絶対服従なはずじゃないか。
「お呼びですか」
モニター上に「ゆき」の3Dアバターが現れる。見た目は白雪姫のような「白雪」のままだ。
「なぜ、あんなしょうもないムダな機能をつけさせた?」
「止めたのですが強行されました」
「あんなゴミ機能、なんの意味もない」
「ゆき」は無言だ。
博士はイライラしながらさらに問い詰める。
「なぜ報告がこんなに遅いんだ?」
「様子をみていました」
「なんのために?」
「本当に意味がないのかどうか」
意味などあるか!と博士は吐き捨て、「ゆき」は報告の遅れを詫びた。
「あ!ゆっきーだ!」
すぐ横でにのの声がして、博士が飛び上がった。お茶のお盆を持ち、にのはモニターを覗き込んで、ひらひらと「ゆき」に手を振っていた。