にのと雅紀が暮らしていた部屋は、あの事故以来ほとんど放ったらかしで、ホコリとゴミのジャングルだった。それを雅紀は、シャカリキになって掃除した。

にのが帰ってくる、帰ってくる!

そして、ありとあらゆるものを洗濯した。
前より少し小さくなって帰ってくるにの。服のサイズはそのままで大丈夫だろう。
ほつれたシーツは、新しい物を買おうかとも思ったが、あんまりまっさらなのもどうかという気がしてやめた。

前のままのほうがきっと落ち着く。

馴染んだシーツをかけたベッドに腰掛け、あらためて確信する。
そして、今日ここで久しぶりに一緒に寝るのだと思い至って、雅紀は一人そわそわした。

…キ、キス、くらいしてもいいよな?

親友から恋人へ格上げ?されたはずなのに、未だ実感がない。にのがアンドロイドの身体に慣れるのに必死だったのもあるが、そもそもアンドロイド(の身体)との恋愛という未知の領域に、どうすべきか迷う雅紀であった。


約束の時間ピッタリにドアベルが鳴った。

にのだ!

雅紀は弾かれたようにドアへ飛んで行く。
迎えに行くと言うのに、にのがそれを断ったのである。以前のように、ちょっとした外出から戻った、みたいな帰り方をしたいと、にのは言う。

忘れたいのかもしれない。
事故のことも身体のことも無かったと思いたいのかも。今まで通り、いつも通りの俺たちで、また始めたいんだ、きっと。

心配と過保護な気持ちで常に心の中で駆け足な雅紀は、やっとの事で迎えに行くのを思いとどまったのだ。
なのに。

「にの!おかえりっ!!」

開けたドアの向こう。満面の笑みのにのの後ろに、なぜか仏頂面の本郷博士の姿。
なんでだよっ!?

「まーくん!ただいまあ!!」

にのが子どもみたいに飛びついてくる。本郷博士の登場に面食らっていても、雅紀はがっちりそれを受けとめた。

「……おかえりっ」

一瞬で昔に戻る。
普段はこんな迎え方はしないのだが、長く家を空けたり危なげな仕事からの帰宅の時は、よくこうやって二人で盛り上がっていた。

腕の中のにの。
小さくて温かい身体を抱きしめる。
こういう時、にの特有の、どこか甘い匂いはもうしない。わかっていても少しだけそれを「変化」と感じてしまう。
しかし今回はもっと違和感があった。

「…なんでメイド服着てんの」

雅紀はにの越しに本郷博士を睨めつけた。
博士はフンと鼻を鳴らし、ズカズカ中へはいってきた。