────あれから三ヶ月。


移植手術を無事に終えたにのが、ようやく帰ってくる。朝から雅紀はそわそわしっぱなしだ。
毎日のように見舞いに行っては、少々口うるさく世話を焼く雅紀に、「もー!うるさいぃ」と憎まれ口を叩くにのが、いざ雅紀が帰るとなると置いてきぼりをくらう捨て子犬のような顔をするのを、もう見なくていい。
雅紀ははりきって部屋の掃除をした。

移植手術の成功で、一躍「時の人」となった本郷博士とにの。
にのは名前を伏せられているので、直接的な表舞台との関わりはなかったが、本郷博士はそれはもう多忙を極めた。
取材、倫理委員会の招聘、学会からの問い合わせ、もちろん移植の相談まで、学術的なものだけに絞った対応でも、寝る間も無さそうだった。
それでも極力、にのの移植後の調整、リハビリに付き合ってくれた。

「……ん、んー…」

人の脳を機械と繋いだのだ。それを使いこなすのは容易ではなかった。
手を動かすこと、足を動かすこと、まして細かく指先を操るなど、全てに意識を集中しなければならない。生身の身体なら無意識にできることなのに、なかなか思うように動かせなかった。

代わる代わる見舞いにやってくる翔、智、潤には、健気に弱音は吐かないにのも、雅紀にだけは半泣きの顔を見せる。
雅紀は自分の持ちうる時間のほとんどをにのに捧げていたと言っても過言ではなかった。
なんなら三浦医師は、雅紀の過労を心配したくたくらいだ。

血の滲むような努力を重ねて、(と言っても実際にはもう「血」は流れてはいない。代わりになる特別な液体が脳を包んでいるらしい)
にのはコツをつかんだ。

クララ…ではなく、「にのが立った!」のである。

さすがの本郷博士も満足そうな表情を見せた。普段の仏頂面からはちょっと想像つかないような、幾分柔らかな顔だった。
もちろん雅紀は涙の大洪水中だ。

「だいたい掴んだようだな。じゃあ、アンドロイドのサポート機能を解放しよう」
「……なにそれ」
「元々完全自立型のアンドロイドだ。滑らかな動きができるようにプログラムされている。それを使えばもっとラクに動ける」
「…………!!!」

にのは棒立ちのまま、ボーゼンと本郷博士を見た。

「なんでなんで最初っから使ってくんないの!?したら、もっと簡単に…」
「自分の身体だろ。使いこなせなくてどうする」

もし今、そのサポート機能とやらを起動していたら、にのは博士に飛びかかっていただろう。
歓喜の涙の海に溺れている雅紀に抱えられて、にのは叫ぶ。

「鬼ーーーーー!!」