「君はいいの?」

静かに立っているアンドロイドのそばに寄り、雅紀は声をかけた。ほぼにのの顔なので、やはり気になってしまう。
にのの脳を移植するのだから、この子も当事者なのだ。

「わたしは機械です。ご主人様の指示に従います。それが務めですから」

よどみなくスラスラと、アンドロイドとして100点満点の答えを返してくる。
人工AIは感情などないのだろうか。

「…怖くないの?」
「『怖い』とは人の感覚です。わたしは痛みも感じませんし、『怖い』もわかりません」

雅紀はアンドロイドをじっと見た。
他人行儀な口調。朝にはにのになりきったような、少し甘えたような話し方だったのに。
本郷博士がプログラムをいじったのかもしれない。
抑え目のメイド服を着て、リボンをつけた可憐な姿のアンドロイド。にのの顔をしていても、全く知らない人のように感じて、雅紀はなぜかモヤモヤした。

「俺の作った餃子を食べたいって言ってくれたって聞いたよ。おいしいって伝えたいって」
「………………」

雅紀の言葉に、アンドロイドは無表情なのに、耳だけ赤くした。
それを見て、雅紀は更に言葉を継ごうとした。

「あのさ…」
「ゆき!」

本郷博士がアンドロイドを呼んだ。
アンドロイドは「はい」と答え、雅紀の方も見ずに博士のあとをついて行ってしまった。
その小さな背中を見送る。

眠れない雅紀のために、猫みたいに丸くなって雅紀の腕の中に収まってたアンドロイドのにの。
自分は眠る必要もないのに、雅紀がよく眠れるように、少し体温を上げてくれていた。
その姿を思い出して、遠ざかっていくアンドロイドを連れ戻したいような衝動に襲われた。
そして、思いとどまる。

俺はいったいどうしたいんだ…。

先程アンドロイドにかけようとした言葉も、なんだったかわからなくなる。

本物のにののために必要なアンドロイドのにの。
にのはアンドロイドの身体で戻ってくるはず。戻ってきてくれないと困る。本当に困る。雅紀にとっては、にのだけじゃない、自分が生きていけるか、生きる希望を持てるかの分かれ道なのだから。

それでも、あの小さな背中を愛おしいと感じる。それは自分でも不思議な感覚なのだった。