手を取りあって見つめ合うにのと雅紀。

決して移植への不安や恐れ、心配が無くなった訳では無い。むしろ強くなったと言ってもいい。それらが現実として目の前に差し出されたのだから。
にのの「怖い」という言葉も、涙も忘れてない。
それでも雅紀は、たった今手に入れたにのの、「一生傍にいる」という約束に心を熱く震わせていた。頭の中で、その言葉がこだまのように響き続ける。夢かもしれないと少し不安になり、じっとにのの瞳を見つめていた。

「…本当にいいのかい?」

遠慮がちな様子で、三浦医師が静かに話しかけてきた。

「ずっと迷っていただろう?無理しているんではないのかい?」

心配そうな三浦医師に、にのは「無理してないよ、やりたいんだ」と、ハッキリと答えた。

「迷ってたっていうか、どうなってもいいと思ってたの。このままあの子の目を借りて、夢を見続けられればいいかな、くらいな」

どうせもう、彼らの中では「死んでる」んだ。俺はもう、「生きて」はいないのかもしれないな…。

にのは、自嘲気味にそう言った。

「あの子がいれば、もうそれでいいじゃんって思って。けど…」
「けど?」
「まーくんが来て、俺の手を本当に握ってくれたら、やっぱ、ダメだった」

にのは目を細めて、耳だけでなく、頬も赤くして泣き笑いの顔になった。

「やっぱ、ホンモノはスゴいや。俺、自分でまーくんの事を感じたい、自分がそばにいたい、離れたくないって思っちゃった」

三浦医師はうんうんと頷きながら、小さい子にするように、にのの頭を撫でた。

「大丈夫。上手くいかなくても恨んだりしないから。でも先生が、すご腕の外科の先生を呼んでくれるって言ってたよね?」
「そうだよ、スゴい先生だ」
「俺、三浦先生のことも本郷センセのことも信用してるし」

そこまで話したところで、にのが目を閉じた。
小さな声で「まーくん…」と呼んで、それきりまるでスイッチでも切れたみたいに静かななった。

「にの?にのっ?」

突然の変化で雅紀がおたおた慌てるのに、三浦医師が穏やかになだめた。

「疲れたんだよ。こんなに興奮することなんて、めったにないからね。よほどうれしかったんだね」

よかったなぁと、また三浦医師はにのの頭をそっと撫でたのだった。


それから三浦医師と本郷博士は、移植のための準備を始めたようだ。
床にへたり混んだ雅紀の元に翔たちが集まる。翔は難しい顔で考え込み、智と潤は半泣きであるが、もう今後のことについて相談していた。
雅紀はといえば、先程の舞い上がるような気分は消え去り、急に頭の中が空洞になったように感じて、呆然としていた。
完全な思考停止状態だった。
少しでも動いたら、きっとその空洞は不安で埋め尽くされるだろう。

ぼぅっとした雅紀の目に、少し離れたところにぽつんと立っているアンドロイドが映った。
アンドロイドは無言で前を見ていた。