「そんな事言って、おまえ…」

翔が体勢を立て直す。

「以前似たような実験をして、学会からはじき出された科学者がいたと聞いたが、それはおまえだろ?」

翔に言われて、わずかに本郷博士の顔色が変わったようだった。

「誰かの脳を取り出して、機械に繋いでコンピュータに取り込もうとしたんだったか…、なにかそんな事だったと思う。違うか?」
「別に取り込んでなどいない。身体を失っても機械を使って話しができないかと試しただけだ」
「それで?上手くいったのか?」
「………………」

本郷博士は黙り込んだ。
返事がなくとも、結果は知っていた。そんなに簡単にいくはずがない。実験は失敗に終わり、その科学者は表舞台から消えてしまったのだ。

「また同じことを繰り返すつもりか?」
「あの時とは違う。俺もあの時の俺とは違う。研究に研究を重ねてきた」

翔はこめかみに血管を浮かせて叫んだ。

「成功するかもわからない実験に、にのを使うな!失敗したら取り返しがつかないんだぞ!」

翔の言葉に、雅紀は震え上がった。
立っていられずしゃがみこんで、繋いでいる手を凝視しているにのと目を合わせようとした。

「にのは、にのは、どうしたいの?」

震える口で必死に尋ねる。
にのは目線をそらしたまま、無言でぽろりと涙をこぼした。それを見た瞬間、雅紀の全身の血が急速に沸騰するのを感じた。

「いいいい加減にしろっ!」

気がついたら立ち上がって怒鳴っていた。
にのと手を繋いでいなかったら、博士に殴りかかっていたかもしれない。
驚いた翔と本郷博士が雅紀を見た。

「勝手なこと言うなよっ、勝手に決めんな!」

にのの涙の理由はわからない。
こんな博打みたいな、成功するかもあやしい方法では、怖くて当たり前だ。でも、自由に動く身体になりたいのも本音だろう。
ずっと不安で悩んでの涙なのだろうが、雅紀はその涙に、どこか「諦め」のようなものを感じて、猛烈に腹が立った。

可愛くて賢いにの。
なのに、いつも自分の事は後回し。
自分に興味がないんだよねって笑うんだ。

「俺の代わりに、まーくんが俺のこと最優先にするからじゅーぶんじゃない?」

違うだろ、自分で自分を大事にしないでどうするんだよ。実際、俺のそばを離れたらこんな事になってんじゃんか。