「にのくんは、私の顔を見るたびに『もう楽になりたい、して欲しい』と繰り返すんだよ…」
三浦医師は顔の前で組んだ手に額を押し当て、話を続けた。
にのの言う『楽になる』こと、すなわち『死』を望んでいることに、いかに向き合えばよいのか。
悩んだ末、三浦医師は最後の生き残りであるにのを、研究という名目で、一人で診る事にしたのだと言う。
「あの事件を知っている私は、表向き閑職に追いやられると決まっていたからね。その代わり特別な研究予算を組んでもらえたんだよ」
それがこの秘密の部屋。
治療とリハビリを施し、それでもやっと指に力が入るようになった程度しか回復しない。
「先生、お願い…」
「なんだ何だ、リハビリなんてすぐに結果は出ないんだぞ。手は使えるようになったじゃないか。もう少しがんばろう」
「……………………」
どんなに励ましても、にのは悲しい顔をするばかり。頭の中は『楽になる』ことでいっぱいなのだろう。
いっその事、翔たちに連絡して元気を出してもらおうかと何度も考えた。しかし、本人が頑として「うん」と言わず、そもそも患者の意思に逆らえないのが医師なのである。
なんとか動けるようになれないか。
せめて本人が希望をもてる状況に持っていきたい。一体どうすれば…。
そんな時、本郷博士の論文を見たのだった。
本郷博士は生命科学で脚光を浴びた科学者だったが、今は学会から疎まれているらしい。その理由を調べて、余計に会ってみたくなった。
にのとアンドロイドを繋いで、自分の身体のように動かし、見たり話すことが出来れば!
本人はほぼ寝たきりであっても、自由を得られるのではないか?
今現在もロボットの遠隔操作は可能な世の中だが、もっとリアルに、例えば仮想空間のアバター並みに扱えたら、生きる気力も持てるのでは?
五感全てを繋ぐのは可能なのだろうか…。
「様々な伝手を辿ってなんとか本郷博士とコンタクトが取れてね。二人での共同研究になったんだ」
そしてその研究に使われたのが、本郷博士所有のアンドロイド「白雪」だった。
「え?じゃあ、にのがアンドロイドのにのを操作してたって事!?」
話を聞いていた潤が素っ頓狂な声をあげた。
みなの視線がアンドロイドに集まった。