今すぐ連れ出したい。
雅紀が目だけで翔に訴える。
いったい何が起こっているのか、まるでわからなかったが、にのに聞くのが早道だろうと、翔は小さく頷いた。幸いこのドアはわずかに揺れ動いているので、鍵が掛かっていないようだ。
翔が押し開けようとしたその時、にのの隣に人影が近づくのが窓越しに見えた。

それに雅紀が「あ」と反応するより早く、智が叫んでいた。

「おめぇ!本郷!」

あっという間にドアをかいくぐり、振り向いた本郷に食ってかかっている。慌てて翔が止めに入るも、もう遅い。驚く本郷と智が言い争うのに潤まで参戦した。

「どーゆーつもりなんだよっ!勝手ににのを連れてくなってんだ!!」
「そうだよ、返せよ!」
「そっちこそなんだ!なぜここに居る?」
「誘拐なんかしやがって」
「そうだそうだ」

潤が智の言葉にいちいち被せて、まるで合いの手のようだ。そんな騒ぎの中、雅紀は無言でにのを見つめていた。
にのがまっすぐ雅紀を見つめ返した。
急にすべての音が消えたような気がした。

「にのもにのだよ、なに大人しくしてんだ!こんな奴ほっぽいて帰ってこいよ」

焦れた智が、アンドロイドのにのに向かって文句を言った。にのは瞬きをしてうつむき、雅紀の視線から外れてしまい、それで雅紀も我に返った。

「『にの』じゃない、『ゆき』だ!」

本郷の怒号が響き渡った。

「誘拐だなどと、言いがかりも大概にしろ。俺はゆきを返してもらっただけだ」
「ゆ…ゆき?『白雪』だからゆきって名前にしたの?名付けのセンスなさ過ぎない?」

潤が斜め方向から文句をつける。
本郷の顔がわずかに赤らんだ気がした。

「自分のものにどんな名前を付けようと、俺の勝手だろう。今はおまえ達に用はない。さっさと帰れ!」
「そりゃあ、買った時は『白雪』だったかもしれねぇが、今はもう違うだろ。見た目だって『白雪』じゃねえ、完全に『にの』だ。俺がそうしたんだからな。もうおまえのカワイイ白雪ちゃんじゃねーんだよ!」

智がビシッとアンドロイドの顔を指さし、鼻の穴を膨らませた。それを見た本郷は落ち着いた声で応えた。

「そうだな。おまえがそうするだろうと思ったから、おまえに預けたんだ」

本郷が片頬にうっすらと笑みを浮かべていた。