「いや、本当に申し訳ない。私はあの件から外されてしまってね、上にも聞いてみたんだが、よくわからなくてね」

三浦医師は握り合わせた両手を何度も組み直しながら、頭を下げる。わずかに、どこかの研究室に運ばれたのかも…とだけは言ってくれたが、結局なにもわからない事に変わりなかった。

「先生の研究室じゃないんですか。先生もなにか、研究してるって…」

雅紀は必死に食らいつくが、三浦医師は神経系の研究者であって、細菌などの感染症は守備範囲外だと言われると、もうどうしていいのかわからないのだった。
がっくり項垂れる雅紀。
そんな雅紀をアンドロイドのにのが、半ば抱えるようにしてリビングから連れ出した。
それを見送った翔は、「俺も同じ気持ちです…!」と声を震わせたが、やはり三浦医師は困ったような顔つきで頭を下げるだけだった。

重い足取りでふらつくように雅紀が歩くので、アンドロイドのにのはぴたりとくっついてゆっくり歩調を合わせる。

「俺、なんもできなかった…」

雅紀の口からため息のような言葉が落ちてきた。どこか呆然としているような響きさえあった。

「絶対、絶対にのを取り戻すつもりだったのに。いっぱい考えたのに。もう何を考えたかも思い出せないや」
「まーくん」
「バカだ、俺。こんなんだから、にのに会えないのかな…」

アンドロイドは立ち止まると、細い腕をめいっぱい伸ばして雅紀を抱きしめた。

「まーくんの想いはにのに伝わってるよ」

雅紀がしがみつくアンドロイドを見下ろす。黒目がちな瞳は、今は真っ黒な穴のように暗かった。アンドロイドはそんな瞳に怯むことなく、茶色のキレイな目で見つめ返してくる。

「……なんでわかんの」
「なんでわかんないの。わかるでしょ」
「なんでだよ、わからないよ!おまえに何がわかるんだよ!?」

八つ当たりだとわかっていた。けれど雅紀は止められなかった。

「アンドロイドのくせに!」

言ってはいけない言葉。あとから絶対後悔するとわかっているセリフ。
でも、目の前のにのを本物のにのと思い込みたい自分を否定したかった。ただのアンドロイドであって欲しかった。本物のにのを諦めたくなかった。どこかでひとりぼっちのにのを想い続けたかったから。

「アンドロイドだよ。でも俺は『にの』の思考を学習してる。だからわかるんだ」

俺は知ってる。
まーくんがどんなに『にの』を大事に思ってるか。どんなに心配しているか。どんなに会いたいと思っているか…。

「アンドロイドのくせにとか言っちゃって。俺を傷つけたって後悔してるでしょ。その言葉で傷ついたのはまーくんだよ。アンドロイドの俺は傷ついたりしないもん」

雅紀の瞳にほんの少し光が戻る。
しがみついているにのを抱きしめ返した。
アンドロイドは「ほんと、バカだなあ、まーくんは」と笑って、雅紀の背中をポンポンした。

「俺だってまーくんに会いたいよ…」

アンドロイドが、にのの顔でにのの声でそう呟いた。その言葉が、雅紀は素直にうれしかった。

俺のにのなら、そう言ってくれるだろう。

うれしい反面、アンドロイドの学習能力に少し怯えた。にのとアンドロイドの境目が曖昧になりそうで。
でも今はアンドロイドのにのの優しさに甘えていたい雅紀だった。なんの解決にもならないとわかっていたけれど。