あのキス事件からその後、アンドロイドは全くのアンドロイドと化している。
可愛い笑顔はそのままだが、にの本人のようなくだけた話し方もしないし、キスはおろか、抱きついてもこない。ですます調で日常業務を遂行している。

そんな様子に雅紀はホッとしながらも、なんとなく面白くないのだった。

「じゃあ、アレはなんだったんだよ?」
「え?なんだって?」

雅紀の心の声が漏れてしまっていたらしい。翔に聞き返されて、雅紀は慌てて「なんでもない、なんでもない」と首を振った。
不思議そうにした翔だったが、ふと思い出したのか、アンドロイドに声をかけた。

「そうだ、にの。週末お客さんが来るんだよ。迎える準備頼んでいい?」
「かしこまりました。何をご用意しましょうか?」
「先生は甘いものが好きだから…焼き物とか作ってもらえると助かる」

「先生」という言葉に雅紀がぴくりと反応した。そして、アンドロイドが潤の調整を受けるため工房に出かけて行ったのを見送った後、うつむいたまま翔に質問した。

「先生って…あの三浦先生?」
「うん、なんか用があってこの辺りまで来るって聞いたからさ。久しぶりだし、寄ってもらうことにしたんだ」
「……そっか」

翔にとって三浦医師は特別大事な人だ。
医学生の頃から様々な教えを受けただけでなく、大学病院で働き出してからも指導を受けた。
そして、重鎮に逆らい医局から追放されるという憂き目にあった翔のため、この診療所の開設に力を貸してくれたのも三浦医師だった。しかも、そのせいで第一線を退く事になり、今は地味な研究職に追いやられているという。
翔にとっては、頭の上がらない大事な恩師であり、恩人なのだ。

「雅紀はあんま会いたくないか」
「えっ、いや」
「そうだよな、ごめんな」
「そういう訳じゃないから」

嫌っているわけではない。
むしろ雅紀もかつて世話になったくらいだ。
ただ、三浦はにのを看取った医師であった。
そして雅紀たちは誰も、その最期をハッキリと見届けられなかったのだった。

その悔やんでも悔やみきれない事実が、雅紀を半年以上あのベッドに押し込めていたとも言えた。
雅紀が最後に目にしたにのは、ガラスで隔てられた部屋の中で、力なくカプセル型のベッドに横たわる姿。生気のない真っ白な顔、閉じられた目、その姿が脳に焼き付いている。
それきり会ってない。会わせてもらえなかった。なぜなら、にのは未知のウイルスに感染していると疑われていたからだ。
亡くなったとの知らせを受けたものの、今も身体も返してもらえていない。

雅紀は三浦医師に会うのが怖かった。
自分を見失いそうで。