雅紀とアンドロイドは、少しの間無言で向き合っていた。気まずい雅紀は握った手のひらに汗をかいている。そんな時、
「今日の夕ごはんはなにがいいですか?」
にのの顔をしたアンドロイドが笑顔で質問をしてきた。戸惑いなど、まして汗など感じさせないカラリと乾いた声。さっきまでの態度が嘘みたいで、雅紀はたじろいでしまう。どこかにON/OFFのスイッチでもあるのだろうか。
返事ができずにいる所に翔がやって来た。
「あ、ショウさま。夕ごはんのリクエストはありますか?」
「えー、なにがいいかなあ?」
翔はそう言いながら、雅紀とアンドロイドを交互に見やった。何か感じたのかもしれない。雅紀は急いでタオルを引き出しに詰め込んだが、ガタガタ大きな音をたてた。
「あれ、にの。シャツに血がついてる」
翔に言われて、アンドロイドはキョトンとしているが、雅紀のほうが「血」という言葉にドキリとした。
「さっきの患者暴れたからなぁ。麻酔銃でも打っときゃよかった。雅紀、にののシャツ貸してくれる?」
「あっ、うん…」
さっきのヤクザな患者の血か。そりゃそうだ、アンドロイドに血は流れていない。自分の勘違いに半ば呆れながら、本物のにののシャツを出してくる。アンドロイドのために、自宅から持ってきた大事なにのの私物だ。
翔に手渡そうとすると、
「ほい、バンザーイ」
目の前で翔が、アンドロイドの汚れたシャツをスポンと脱がした。それを見て、雅紀は思わず喉の奥から「ぐぉふ」と、変な声を出してしまった。
今度はアンドロイドだけでなく、翔までキョトンとした。
「どした?」
「えっ、いや、ええと」
なにをうろたえてるんだ、俺は。
実際目の前のアンドロイドは、つるりとした無機質な白いボディでしかない。乳首もなければヘソもない。にもかかわらず、顔が赤くなるのを止められない自分に、猛烈に焦る。
アンドロイドの真っ白な肢体を視界に入れないように、そっぽを向いて翔にシャツを押しつけた。
「ささ三歳児じゃないんだからっ」
「似たようなもんだろ、にのだよ?」
似たようなもんって…。
そう、翔は一番年下の潤とそのひとつ上のにのに、めちゃくちゃ甘いのだ。猫可愛がりといっても足りないくらいだ。
潤はそんな子ども扱いに内心抵抗しているようだが、にのは完全に乗っかって甘えまくっていた。甘え上手というのか、要領がいいと言うのか。
「ありがとうございます、ショウさま」
「やっぱりにのの服が似合うなぁ」
翔にシャツを着せられて、アンドロイドは可愛い笑顔を向けている。それに応えるように頭を撫でる翔に、雅紀はモヤモヤするのを抑えられなくて、いつもの来客用ベッドに戻り、枕に拳をポコリと打ち込んだ。
どうかしてる、俺は。
あの子のせいだ。キスなんかしてくるから。