その頃、翔の診療所では。
「マサキさま、昼ごはん準備できております。召し上がってください」
「………いらない」
「朝もほとんど食べてないでしょう?お身体に悪いですよ」
「腹、減ってないの!」
この食べる食べないの攻防が続いていた。
にのはアンドロイドなだけあって、特に気分を害する様子もなく、食事を載せたお盆を持ち、可愛いニッコリ笑顔でテーブルのそばで待っている。
「しつこいっての…」
雅紀はチラリとにのを盗み見た。
いつもはずっと目で追っているのに、目が合いそうな時はまともに顔を見られない。
どこにも出っ張りがなくても、真っ白つるりんなボディは目に眩しくて、今はTシャツと短パンを身につけている。本物のにのが着ていたものを翔が着せたのだ。
本来の「白雪」ならばメイド服などが似合いそうなのだが、見た目がにのそっくりなので、こういうダルダルな物のほうがしっくりくる。
本人がお気に入りでずっと愛用していた淡い紫色のTシャツが、度重なる洗濯で縮んでしまった分、ちょうどより小柄なにのにピッタリなのだった。
「まーくん」
急にすぐそばで声がして、雅紀は飛び上がりそうになった。目の前ににのの顔があった。
「え」
「ちゃんと食べないとダメだよ」
雅紀は綺麗な茶色の瞳に見入った。まるでにの。吸い込まれそうなくらい美しい。
「ほら、まーくんの好きなアジフライにしたんだよ。食べよ?」
にのだ。
雅紀は溢れそうになる涙を必死で堪えた。
そのままテーブルまでいざなわれて、雅紀は素直にアジフライを食べた。
「うまっ」
ちょっとコショウ強めのアジフライ。
よく知っている味付け。フライを口にくわえたまま、雅紀はにのの顔を見た。
「まーくんのレシピ通りでしょ。まだまだまーくんのようには揚げられないけどね」
にのはいたずらっ子みたいな顔でうれしそうに笑った。一瞬その笑顔に見とれて、雅紀は慌ててアジフライを口の中に詰め込んだ。
そう。実は雅紀はこの5人グループの料理人で、ずっと皆の台所を賄ってきていた。
それがこの半年、全くその料理にありつけない状態で、みんな出来合いのものに辟易していたのだった。
久しぶりに食欲を感じて、おかわりをしてみようかと思う自分に雅紀は驚いた。お茶碗をおずおず出そうとしたところで、
「おかわりはいかがですか?」
そう言われて固まる。
さっきまで居たにのは、もういない。
変わらぬ笑顔のアンドロイドがお盆を差し出していた。
「……ごちそうさま」
雅紀はうなだれて席をたった。
縮んだ胃には、今食べたものがずっしりと重かった。