「…で、雅紀の反応はどうなの?」

オイル臭い工房で、なにやら怪しげな機械をいじってる智は、急ぎの仕事だとかで、まだ様子を見に行けないのだと笑った。アンドロイドの「にの」を雅紀にあわせてから三日ほど経っていた。

「それがさぁ」

聞かれた翔は腕を組んで困った顔をした。

「なんとか掴みはOKって感じだったんだけどさ、そっからがなかなか進まないんだ」

そう、「にの」に似ているアンドロイドを抱きしめて泣いていたから、雅紀も受け入れてくれたんだと、翔はホッとしたというのに。
それっきり雅紀は「にの」に近づかない。遠目でじっと追い続けているくせに、声もかけない。

「なんか、警戒してる?みたいな」
「まぁ、そりゃ本物のにのじゃないからなぁ」
「そうだけども…」

そもそも「白雪」モデルのアンドロイドは、その見た目の可愛さだけでなく、値段相応の高スペックで、置かれた環境に素早く馴染むのが売りだ。病院ならば看護、介護。家庭なら家事一般。強度も腕力もそれなりにあるので大規模な工事などにも対応できる。もっとも、このビジュアルでそんな現場に使う例はまず聞かないが。

「時々、にのって言うより、ほぼ機械って感じの時もあってさぁ。あの子学習型なんだろ?もう少しにのっぽくならないかな?」

初対面の時はあんなににのっぽくて、雅紀に馴染んで見えたのに、急に口調が「です、ます」調になったり、柔らかい物言いでありながら少し距離を感じたり。今ひとつ安定しないのだ。
翔が頭を掻きながらボヤいたところで、

「翔さん!」

と、奥でパソコンにかじりついていた潤が反応した。まつ毛びっしりの大きな目を光らせて、翔につめ寄ってて来る。

「あのね、すでにプログラムされてる事は実行出来んのよ!でもさ、『にの』っていう人となりを再現させんのはカンタンにはいかないの!どんだけ膨大なデータを入力しなきゃなんないか、わかる!?同じようなのばっかり入れりゃ、今度はそれ以外に反応しなくなるしさあ、そしたら…」
「ほらほら、潤、落ち着けー」

熱くなる潤の背中を智がぽんぽんする。
翔はパソコンは使えるが、プログラミングはさっぱりなので、素直に謝った。

「悪い!今のは俺の失言だった」
「え、いや、…そんな」

我に返った潤は、口の中でなにやらモゴモゴ言って顔を赤くした。いつもなら、翔に対してこんな口の利き方はしない。何しろ「憧れの翔さん」なのだから。

「翔ちゃんもさ、あのアンドロイドをにのの代わりにするつもりじゃないんだろ?」

智に言われて、翔は口ごもる。
どうする事が最適解なのだろう。翔には正解がわからなかった。