菅田はいつもの場所に座っていた。
俺の顔を見るとニコッと笑って、両手でおいでおいでをする。俺は小走りで近寄りスマホを操作した。出来たてほやほやの拙い曲が二人の間に静かに流れた。
菅田は何度も再生して、目を閉じて聴いてくれたあと、

「いいねぇ、これ」

と、俺の背中を力強くバンバンした。「いてぇ」と顔を顰めてみせたものの、うれしさは隠せなかった。

「けど、まだなんか…足りなくて」
「ん〜、そう?」
「歌詞もさ、もうちょっと、なんていうか」

それから俺たちは、あーでもないこーでもないと大盛り上がりして、時が経つのを忘れた。
菅田はやっぱり慣れてるのか、はたまたセンスがあるのか、的確なアドバイスをくれて、でも、俺も譲れない所もあったりして。
常連の女の子たちにせっつかれるまで、ずっと話していた。なんなら、俺は路上ライブの事も忘れてたくらい。

菅田が何曲か歌った後、俺はその手直しした歌を菅田と一緒に歌ってみた。
菅田は完璧に覚えていてびっくりする。一度聞いたら覚えちゃうんだって。天才か?
観客のみんなはじっと聴き入ってくれて、歌い終わると大きな拍手をしてくれた。なかには涙ぐんで、俺に握手を求めてくれる人もいて、それが男の人だったから驚いた。

「二宮くんが来てくれるようになって、男の観客が増えたよね」

そうなんだ?
実は俺、まだ恥ずかしくてお客さんの顔をよく見られないんだよね。気がつかなかった。

「前は女の子ばっかりだったからね、俺の顔を見に来てんだか、歌を聴きに来てんだかわかんなかったんだけど、やっば、男女を問わず聴いて欲しいからね〜」

そう言うと菅田は、片付けかけたギターを置いて、俺の手を両手でギュッと握った。

「俺はうれしい!二宮くん、ありがとう!」

まーくんが見たらぶぅぶぅ言いそうなシチュエーションだったけど、正直俺は胸が高鳴ってしまった。別に、まーくんが心配するような高鳴りじゃないよ。ただ純粋に楽しくて、うれしかったから。
こんなことなら、高校の時軽音部に入ればよかった。いやでも、あの菅田ハーレム状態の軽音部はさすがにムリかなぁ。あんた何?って顔されるもんな。

手にしたスマホに振動を感じて、見ればまーくんからのメール。しかも一通だけじゃない。そこで、ずいぶん遅くなってしまっていることに気がついた。

「ヤバぁ…」

俺は慌ててメールを返しながら、菅田に手を振り、バス停に走った。
バスはなんと最終便だった。あぶなかった。まーくん怒ってるかなぁ…。