その日家に帰ってすぐ、俺は母さんにまーくんが一人暮らしを始めることを伝えた。
母さんは思っていたより驚いてなかったから、こっちがびっくりした。まーくんのお母さんから軽く聞いていたみたい。
俺も一緒に住むことまで知られていやしないかと一瞬心拍数が跳ね上がったけど、さすがにその事はまーくんも親に言ってないよな。
「みんな、大人になっていくのねぇ」
母さんは少し寂しそうな顔をした。
姉ちゃんも今年は就活で忙しいし、いずれ独り立ちするもんな。まぁ、実家暮らしは変わらなさそうだけど。
「今度の週末はお父さんもとりあえず帰ってくるし、みんなでご飯食べに行こうね」
そう言って、やっと母さんが笑った。
よかった。やっぱ、家を出るなんて言わなくて。少なくとも今じゃない方がいい。
俺はさっそく、せいさん提唱の「ズルズル居続け作戦」を実行するつもりだ。
ズルズル居続け作戦。
それは、まずまーくんがあの部屋に住む。
そして俺は、毎日のように入り浸る。
学校はすぐ近いんだ。そのうち、めんどくさくなって、まーくんの部屋から学校に行くようになる。つまり、そのまま居着く。
そしてめでたく同棲ってか、同居になる!
…という、なし崩し作戦だ。
正直、なんていうか、やぶれかぶれってか、実にいいかげんな作戦なんだけどさ。
一番自然な形な気がして。
とにかく俺は、早くこの鍵を使いたいんだ。
ほんと、それだけ。
我ながら子どもみたいだと呆れてる。
この世には、一度知ってしまったら戻れない事ってあるんだなぁ。
それくらい、あのなんにもない部屋で過ごした二人きりの時間が、俺の心のほとんどを占領してしまっていた。
今までだって二人きりな事はたくさんあったし、秘密の時間だってあった。なのに、なにがそんなに違うんだろう。自分でもよくわからないまま、俺はこっそり焦ってしまうんだ。
そうだ。父さんに使わなくなる家電のおさがり?の事、頼まなくちゃ。