そのまま、なぁんにもない部屋で、特別何をするという事も無く、のんびり夕方まで過ごした。

スマホで音楽流したり、ゲームしたり、動画を観たり。床に寝転ぶとちょっと背中が痛かったけど、うつ伏せになって足をぷらぷらさせたり、完全にリラックス状態。
今度来る時は座布団くらい持ってこよう。

本当は外の道行く人たちの声とか、隣の部屋の生活音とか聞こえてきていたはずなんだけど、ほとんど気にならなかった。
まるでこの部屋だけ切り取られた空間みたいな。
この世界に二人だけ。
たった二人なのに寂しくない、満ち足りた不思議な気持ち。

日が傾き、電気のないこの部屋が薄暗くなって、ようやく現実に引き戻された。
光が届かない玄関はすでにとても暗くて、半分手探りで靴を履く。外に出ると、どこからか玉ねぎを炒めるような匂いがしてきてまーくんのおなかがぐぅと鳴った。
その音が可笑しくて、俺はまーくんのおなかを人差し指で突っつく。

「くすぐったいだろ、やめろって」
「んふふふ」

笑う俺の手を掴んだまーくんが、その手でなにか硬いものを握らせた。

「え?」
「鍵だよ、ここのカギ」
「あっ…」

手のひらには鈍く光る鍵が乗っていた。
それはこの古いアパートには少し似合わない、新しめの鍵だった。

「それはかずの鍵ね。ばーちゃんに頼んでいい奴に変えてもらったから」
「そうなの?」
「俺の留守にかずに何かあったら困るし、カンタンに開けられないようにさ」

もう過保護が発動してる。
くすぐったいのは俺のほうだよ。
でも、そうだよな。前にヘンなオヤジに襲われてまーくんに助けてもらったんだもん。
俺は素直に頷いた。

「ありがと」

まーくんが握りしめていたせいか、ほんのり温かい鍵。俺はその鍵を大事にポケットにしまった。
耳が熱い。
本当にここが俺の、俺たちの部屋になるんだと、今更ながら実感する。

「キーホルダー、お揃いのを買ってもいい?」

まーくんの顔を見上げて言ったら、お日様色の笑顔が花開く。

「今度一緒に買いに行こっ!」

夕暮れせまる空の下、俺たちはまた手を繋いで帰った。長く伸びる並んだ影までが愛おしかった。