お父さんはしばらく黙って僕を見ていた。

「傷の具合はどうだ?」

そう聞かれて、僕は顔を上げてお父さんを見た。
まず怒られると思っていたから少しホットする。
黒目ほどの大ケガではなかったが、僕もそれなりに打ち身やすり傷、アザができていた。
でもあいつのケガに比べるとあまりにもたいした事なくて、手当を受けたあとはほぼ話題にのぼらなかったんだ。

「……平気」
「そうか」

お父さんは頷くとゆっくり話し始めた。

「あのケンカ相手の子、雅紀くんか。今は鎖骨のところに金属の棒を入れてある。いずれ骨がキレイにくっついたら、もう一度手術してその棒を取り出す予定だ」

驚いた。二回も手術するのか。
なんでもあのボンレスハムみたいな園長先生のたってのお願いとかで、お父さんが手術したのは知っていたけど、そんなことになっていたなんて。
正直僕は注射だって苦手だし、手術を二回もするかと思うとゾッとしてしまう。たとえ凄腕のお父さんの手によるものであってもだ。
僕は青ざめていたんだろう。お父さんの声のトーンが少し優しくなった。

「おまえとあの子の間になにがあったか知らないが、やり方がまずかったな」
「……ケンカには負けるなって」
「じゃあ、かなたは勝ったと思ってるのか?」

僕は答えられなかった。
ぶっ倒したけど、勝った気がしない。
むしろ僕はめちゃくちゃ負けた気がしてる。
なんだか目の奥が熱くなる。

でも、でもお父さん。
あいつはかずくんに許せないことをしたんだよ。
僕らひよこの中に紛れ込んだヤバい奴なんだ。
だから僕は戦ったんだよ。

本当はそう言いたかった。
言えないけど。言えないから心の中で叫ぶ。
お父さんはそんな僕をじっと見ていたが、ふと思い出したという顔をした。

「そういえば園長先生に聞いたんだが、雅紀くんがケガをしたときにパニックを起こした子がいたらしいな」

かずくんだ。
僕は自分のほっぺたが赤らむのを感じた。

「その子が高熱を出して、もうずいぶん幼稚園を休んでるんだそうだ。かずなりくんという子、おまえと同じさくら組らしいが、友達か?」

赤らんだほっぺたが一気に青ざめる。
あの時狂ったように泣き叫ぶかずくんの声を思い出す。「まーくんが死んじゃう!」という悲痛な声。あのままずっと泣いていたんだ?
高熱が出るくらい?
なんでだ。あんなことされたのに。
あの時は黒目がケガしたのにびっくりして、怖くて泣いていたんじゃないのか。
何日も泣いて、熱まで出すなんて。

「かなた?」

お父さんに言われて気がついた。
僕は泣いていた。
勝手に目から涙がボロボロ落ちていた。