靴を脱がされ靴下だけになった左足を、水が流れるタイルにつけたまま、かずくんは僕が答えるのを待っている。
「おまえが泣くとあいつ来るだろ。そのたびに自分のことが後回しになるんだよ」
「……あとまわし?」
「この前一人で製作してた。みんな遊んでる時」
かずくんは何度か瞬きをしてしょんぼりした。
「僕のせい?僕が泣くから…」
「先生に怒られてた」
「え」
本当は怒ってはいなかったけど、注意はされていたから同じだと思ったが、かずくんの目にみるみる溢れる涙を見て、大げさに言わなきゃよかったと少し後悔した。
「だから泣くなって!」
かずくんはハッとして、小さな手で口を押さえた。
耳まで赤くして必死に泣くのを我慢しているらしい。ぷるぷる震える姿が、前にいとこの家で見たチワワみたいだ。あの犬、なんでいつも震えてるんだろう。そんなどうでもいいことが頭の中をよぎった時、僕の後ろで声がした。
「なにしてんの?」
振り返ると、一度僕をおままごとに誘った背の高い女の子がキツい目つきで僕たちを見つめていた。
僕が口を開く前に、我慢しきれなくなったかずくんが「わぁん」と泣き出してしまった。
ヤバい、ヤバい。あいつが来る。
「別になにも…」
「あんた、かずくんをいじめてんの!?」
女の子の言葉に僕はびっくりした。
いじめるってなんだ。いじめてないぞ。
でもその子の視線は、びしょ濡れのかずくんの足と僕が持っている濡れた片方の靴とを行ったり来たりしている。
そうか、そう見えるかもしれない。
僕は急いで「違う」と伝えようとしたが、女の子の背中の向こうに黒目の姿を発見したら、もう勝手に足が走り出していた。
「かずくん!どうしたの、これ!?」
「まぁーくんん…」
黒目の少し鼻にかかった声とかずくんの甘えた泣き声がうしろから重なって聞こえた。
なんで僕は走ってるんだ。逃げる必要なんかなかったのに。走る理由もわからないまま、僕は園庭の反対側まで来てしまった。
あの子が絡むといつだって調子が狂う。
こんなこと、今までほとんどなかったのに。
向こうの幼稚園ではかけっこも一番だったし、いつも褒められたし、うまくいってたんだ。
僕はかずくんの泣き顔を思い浮かべた。すると同時にもれなく黒目の顔までついてくる。
「いじめてたんじゃない。泣かない練習をしてたんだ!」
今更だが、口に出して言ってみた。
でもその声は、園庭で遊ぶみんなの声にかき消されてしまった。