家に帰ってから少し熱が出た。
お母さんが心配して大騒ぎするのはいつもの事で、ざっと診たお父さんが「ただの夏風邪だ」と薬も特に出さないのもいつも通り。
そんなお父さんにお母さんはムッとしてる。
普通でいいと言われても、ねえやにわざわざお粥を作らせるから、僕は嫌いなお粥を食べる羽目になってゲンナリだ。
次の日も幼稚園を休んだ。
お父さんは「熱がなければ行ってよし」と言ったはずだけど、お父さんが出かけた後、お母さんは僕を休ませた。
「お父さんにはナイショよ」
そう言って、人差し指を唇にあてた。
大事を取るというのが理由らしいが、それならお父さんにそう言えばいいのに。なぜ言わないのかわからない。
だいたいお母さんは、お父さんにナイショな事が多すぎる。
たとえば、イライラするとこっそりタバコを吸ったりとかする。お祖母ちゃんもお父さんもタバコが大嫌いだから、まぁ隠したくなるのもわからなくはないんだ。
けれど、どうしてバレないと思うんだろう。
お父さんはなにも言わないが、絶対知ってると僕は思っている。だって匂いでバレバレだろ。
そういう時、僕はなんだかガッカリする。
午前中、僕はベッドに寝転がっていた。
お母さんはナントカいう会合に出かけていき、家の中は静かだった。時々ねえやたちが掃除をする音が聞こえてくるだけだ。
ぼんやり昨日のことを考えた。
風みたいにふわりと追い越していく小さな背中。
この僕がまさかかずくんに負けるなんて。
おなかが痛いなんて関係ない。そんなのはただの言い訳だ。かずくんは確かに足が早かった。いつもの僕ならきっと夜寝られなかっだろう。
あんまり鮮やかすぎて、悔しいとか考えるのも忘れてしまっていた。
よく考えたら、外で黒目と遊んでいる時のかずくんは結構すばしっこかったから、決して運動オンチではないんだ。ただ普段ぼーっとしてることも多いし、泣いてるイメージが強くて、勝手に弱々しいと思い込んでいた。
女の子たちだって、可愛い赤ちゃんもしくはわんこくらいに思ってそうだ。
実際黒目に赤ちゃん扱いされてるんだから。
ほんとはもっとすごい子なのに。
そうだ。
あの赤ちゃん扱いがよくないんじゃないか?
あいつが甘やかすから、かずくんがいつまでも泣き虫で甘えん坊なんだろ。
よくない。よくないぞ。
あいつがあの子をダメにする!
そう確信したら、黒目が抱きかかえるようにしてかずくんにパンツを履かせているところが不意に頭に浮かんで、僕はイライラと爪をかんだ。
赤ちゃん扱いにもほどがあるだろ。
気持ち悪い。
よし、明日は絶対幼稚園に行くぞ。