少し冷静になり、黒目こと「まーくん」について考えた。

なぜあの子のこと、あんなに構うのだろう。
赤ちゃん扱いなんかして。兄弟でもないのに。
だいたいここは幼稚園だぞ。自分のことは自分でしなければならない。僕なんか週末、上靴も自分で洗ってるんだからな。一度ねえやが洗ったら、お母さんが、と言うよりお祖母ちゃんが怒って、「自分の持ち物を自分で管理するのも訓練です!」とかなんとか言ったとか。僕のためなんだってさ。
上靴を洗うことがそんなに重大な事なのかはよくわからないが、「自分のことは自分で」というのはきっと大事なんだ。

実際、あんなに世話を焼かれているかずくんは、黒目がいなくちゃなぁんにもできない様子だし。
泣きさえすれば黒目が飛んできてなんとかしてくれる。だから泣く。それって赤ん坊と同じだろ。
このままじゃ、ずっと赤ちゃんのままだぞ。

黒目はそれでいいのかよ。
ねこ可愛がりして、さんざん甘やかして、一体どうしたいんだよ。ヒーロー気取りか?

そんなことを考えていたら、かずくんがあいつを見上げる時の、輝くような顔を思い出した。
キラキラした潤んだ瞳。
うれしいと大好きが詰まった眼差し。
あいつにだけ見せる特別な笑顔。
僕はあんな顔をしたことがあっただろうか。
誰かにされたことなんて思い出せもしない。
そこで僕はある答えにたどり着いた。

そうか。
あいつはそれが見たいんだ。
自分だけのものにしておきたい。
だからいつまでも赤ちゃんでいて欲しいんだ。

せっかく落ち着きかけていたのに、また僕の頭の中では、マグマがプツプツと熱気を吐き出した。

なんだよ、それは!
全部自分のためじゃないか!

いずれ黒目が小学校に行ってしまったら、あの子はどうなってしまうのか。ちゃんとやっていけるんだろうか。泣いたってあいつは来れないのに。
そこまで考えたところで、我に返った。

なにをイライラしてるんだ、僕は。
あの子が泣いたって、困ったって知ったことじゃない。たかが、最初に靴箱を教えてくれただけじゃないか。小さな手でさくら組の靴箱を指さしたかずくん。ひらひらする白い手が蝶々みたいだった…。
って、なにを思い出してるんだ僕は。

「別に、僕には関係ないことだけどな!」

思わず声に出したら、通りかかった先生に不思議そうな顔をされた。