ゆっくり自転車が動き出す。

「まーくんは教員免許だっけ?取るんだよね?そのための教育学部なんでしょ」
「うん、取ると思うよ。でも俺が学びたいのは心理学とかかな」
「心理学?」

まーくんはゆっくりゆっくり自転車を漕いだ。
静かな声を聞き逃すまいと、俺はより一層まーくんの背中に張りついた。

「なんていうか…誰にもに言えなくて一人で悩みを抱えこんでる子、いっぱいいると思うんだ。例えばイジメられてたりとか、俺みたいに男の子好きになっちゃったとかさ」
「え!まーくん一人で悩んでたの!?」

思わず力が入ってしまい、おなかを締めつけられたまーくんから「ぐぉっ」と変な声が出た。

「俺のせい?俺のせいでまーくん」
「例えばだって!俺は別に悩んでなかったよ」

自転車を止めてまーくんが振り向いた。

「俺、昔からかずをお嫁さんにすることに疑問を持ったことないんだ。それが当たり前だと思ってたからさ。考えたらおかしいんだけど」

肩越しのまーくんの顔があんまりキレイで、俺は黒目がちの瞳から目が離せなかった。

「むしろ、なんでダメなんだろうって不思議に思ってた。俺はかずと一緒に居たいだけなのに」

どうしよう。
今すぐキスしたい。
とりあえずうるさい心臓の音を止めたい。
そんな俺の気持ちも知らず、まーくんは前を向いてしまった。もぉーっと心の中で地団駄をふむ。

「悩んでる子たちに対して、俺が何かできるとか思ってるわけじゃないんだ。ただ、なんていうか…一人じゃないよって伝えたいみたいな。そういう困っている子が出してるサインにできるだけ気がつきたいなって」

それを聞いて、地団駄ふんだ自分を速攻恥じた。
まーくんすごいな。そんなこと考えてたんだ。
俺は自分のことでいっぱいいっぱいなのに。
弾んだ気持ちがしゅんとしぼんで、子どもな自分にがっかりしてしまった。
まーくんはいつも俺の一歩前を歩いていく。俺はそれをいつだって必死に追いかけているつもりだけど、もはや一歩じゃないのかもしれない。
俺は、俺はついていけるのかな。

自転車がまた動き出した。
夜風が目にしみて涙が滲んだ。

「まーくんはスゴいな…」
「え?なに?」
「だからぁ、一人だけ大人になってズルいって言ってんの!」

ああぁ、なんでこんな言い方するんだ、俺。
今度は自分自身に地団駄をふんだ。