静かな音楽が流れる店内に、えりかちゃんの鼻をすする音だけが小さく響く。
ガタリと横山が椅子をひいて立ち上がった。

「教授には、お孫さんはとても大事にされてます、なんの心配もありません、言うときます」

そう言って帰り支度をはじめた。
そして「なんや、うらやましくなってもうたわ。俺もオカンに電話でもしよかな」と笑った。
本郷も使っていた教科書とノートをカバンにしまいだしたのを見て、俺もまーくんの腕から抜け出し帰り支度をした。

「みんな、迷惑かけて申し訳なかったね。横山くん、ありがとう。先生によろしく言っといて」
「今度無理やりにでもコーヒー飲みにお連れしますわ。自分の目で確かめるんが一番ですから」

抱っこされてるえりかちゃんが小さくバイバイと手を振った。腫れぼったい瞼をしていても、やっぱりめちゃくちゃ可愛い。
横山の顔がわかりやすくデレたから、「また商店街の会長さんに捕まるよ!」とツッコんどく。
「せやから、ちゃうて!」
ぶぅぶぅ文句を垂れる横山と一緒に、みんなで外に出た。日が暮れて空には星が光り、辺りはもう初夏の匂いがしていた。


まーくんは大学から直接迎えに来てくれていたので、俺の自転車に二人乗りで帰ることにした。
「ん」
と手を差し出され、黙って自転車のカギを渡す。
当たり前のようにサドルを跨ぐと、
「なにしてんの、ほら乗る!」
早くもせっかちが顔を出す。
俺はにやける顔を見られまいと、まーくんの背中に顔を押しつけた。

「おじいちゃん、会いに来てくれるといいねぇ」

まーくんはペダルを漕ぎこぎ、歌うように言う。

「そうだね」

本当にそう思うよ。
帰り際お店の前でマスターたち三人が寄り添っていた姿を思い浮かべていた俺は、重大なことに気がついて声をあげた。

「ねぇまーくん!せいさんが帰ってきたってことはさ、もうバイトいらなくなるんじゃない?」
「へ…、え、えええ!?」

驚いたまーくんが急ブレーキをかけ、つんのめった俺は思い切り鼻をまーくんの背中にぶつけた。