言われるがまま腕をぶんぶん振っていたせいさんが、ようやく我に返ったかのように口を開いた。
「ほんとにいいの?えりか、学校でイジメられない?おまえのママ変だって」
「あー、おバカ男子たちがなんか言ってたかな。でもみんなカッコイイって、いいなぁって言ってた」
「そんなわけある?だって…」
せいさんは自分が小さい頃、「おまえ、変だ」「気持ち悪い」と言われたのだと悲しそうに告白した。
「俺は別に、心が女ってわけではないし、なよなよしてたつもりもないんだよ。でも、みんなには何か違うって伝わってたんだね」
みんなと違う
それだけで異質な存在になる
見えないのに確実にある壁
「俺、ヒデがいなかったら絶対不登校になってた」
自分では乗り越えられないその壁をヒデは自由に行き来する。そして、いつも俺の手を握って一緒に壁の向こうに連れ出してくれた。
「俺にとってはヒデのほうがヒーローなんだよ」
そう言われたマスターが、珍しく顔を赤らめて「何言ってんだおまえ」ともごもご言い返した。
「ヒデといると、自分が変だと感じないでいられるから、えりかに『ママ』って呼ばれるのも、入学式のあの瞬間まで全然変に感じてなくて」
「ごめんね」とせいさんはえりかちゃんに頭を下げた。
目の前にいるせいさんとマスターは、もう40くらいのおじさんで、子供の頃の姿など全く想像できないのに、小さい二人の影がしっかりと手を繋いでいるところが目の奥に浮かんでくる。
まるで俺とまーくんみたいだ。
俺はひどいイジメにはあったことないけど、ちょこちょこイジメてくる奴は確実にいた。
女子と仲良くし過ぎだとか、チビのくせに生意気とか、よくわからない理由で、ほとんど言いがかりのようなものだったから、だいたいは無視して済んだ。まあ、相手が手を出そうものなら、速攻シメあげに来るコワイ先輩…まーくんがいたからというのもあるんだろう。
なかには理由そのものがわからない奴もいた。
例えば、そう、コイツのように。
俺はまーくんの腕の中から本郷を盗み見た。