「それは…」とせいさんがちょっと言い淀む。
するとマスターが怒ったような声で、
「こいつが女になるとか言い出して」
と、せいさんを睨んだ。
俺たちは一瞬の沈黙のあと、「えっ!?」と全員で素っ頓狂な声をあげた。
「いいじゃないの。だって、そのほうがえりかを困らせないでしょ?」
「なにがいいんだ。そんなことする必要ない」
「俺が決めることだろ」
「勝手に決めるな」
目の前で二人が言い合いを始めてしまい、俺はオロオロと本郷の袖を掴んでいた。
慌てた横山が止めに入る。
「ちょっと待ってください。女になるて、そんなん簡単に決めてええんですか?あかんでしょ」
「どうして?俺がそうしたいと思ってるんだから、それでいいと思うけど」
「いいわけあるか!」
「ちゃんと親にも話して、了解もらったし」
せいさんは家出じゃなくて、親を説得しに実家に帰っていたのだと言う。
「了解じゃないだろ、勝手にしろと言われたんだろうが」
「だから俺の好きにしていいってことじゃない」
「おまえな…」
言い合いはどんどんエスカレートしていく。
せいさんは叫ぶように言った。
「俺はほんとに家族になりたいんだ。えりかのためなら女にだってなれる!」
俺はもう袖だけでは足りず、本郷の腕にしがみついてしまっていた。
せいさんの言っている事が、正しいのか間違っているのかわからない。でも、必死な気持ちが伝わってきて、痛いくらいだ。
と、いきなり本郷が口を開いた。
「本人に聞いてもいないのに、子供のためとか言わないでくれ」
本郷の強い声にかぶさるように「ママ!」と呼ぶえりかちゃんの声がした。
振り返るとお店のドアのところにランドセルを背負ったえりかちゃんとまーくんが立っていた。