緊張して給食もあまり食べられなかったと言うえりかちゃん。ようやくクッキーをひとつ手に取った。
「え!じゃあ、お茶じゃなくてジュースにすればよかったかな」
まーくんが立ち上がろうとすると、
「甘いお菓子の時はお茶なんだよ」
と、えりかちゃんが首を振った。
「そ…そうなの?大人だなぁ」
「ちげーよ。歯に悪いんだよ。そんなことも知らないのかよ」
感心しかけたまーくんに、本郷の鋭いツッコミが突き刺さる。俺も知らなかった。きっと本郷んちは親が厳しいんだな。
俺の横で「先輩に向かってなんだよ、その言い方」「一年くらいで威張るな」とゴソゴソ揉める二人をせいさんがなだめた。
「もうすぐ夕ごはんだから少しにしようか」
せいさんの言葉に素直に頷いたえりかちゃんは、眠そうに目をこすった。
もう店を閉めるからとマスターに呼ばれて、片付けのためまーくんが下におりていった頃には、せいさんの膝の上でうとうとしていた。
泣き疲れたんだね、あんなに泣いたんだもん。
せいさんに頼まれて押し入れから毛布を出すと、それにくるまれてえりかちゃんは眠ってしまった。
「マスターと仲直りしてくださいね」
言わずにはいられなかった。
せいさんは困ったように少し笑った。
「ケンカしてる訳じゃないよ。お互いの意見が合わないんだ。俺もあいつも頑固だからねぇ」
「でも…」
なんとかならないかと食いさがろうとした俺に、せいさんが、不意に質問を投げてきた。
「ママが男ってのも…どう思う?」
どうって。
どうなんだろう。
答えにつまっていると
「可哀想じゃない?」
と、せいさんがぽつりと言った。
「保育園にはパパが送り迎えしていたから、俺はほかの保護者とかほとんど見たことなくて。だから小学校の入学式に一緒に行った時、目の前の光景にたじろいでしまって」
広い体育館。大勢の着飾ったママたち。
スーツ姿のパパたち。
期待と緊張で頬を赤くして入ってくる新一年生。
巻き起こる拍手の波。
「えりかが俺を見つけて『ママ!』と呼んだ時、心臓が飛び出るかと思った」
せいさんのため息みたいな声は少し震えていた。
えりかちゃんと自分に集まる視線。
たくさんの拍手は続いていたが、自分たち二人の問題にえりかちゃんを巻き込んでしまっていることに気がついた。
「えりかのせいじゃないのにね。このままじゃ一緒にいるとで困らせてしまうんじゃないかと思って。だから」
そこで突然、せいさんの言葉を遮るように本郷が立ち上がった。
「子どもは大人が思ってるほどバカじゃない」
それだけ言うと部屋を出ていくからこっちが焦る。慌ててあとを追いかけた。
「ちょっ、なにイキナリ」
「俺は帰る」
「えぇ?」
「俺はおまえに数学を教えに来たんだ。でも今日はもうやる気ないだろ。帰る」
本郷は本当にさっさと帰ってしまった。
階段途中で取り残されて、ボーゼンと座り込んでいる所へまーくんが心配そうにあがってきた。