「俺、いや僕、横山いいます」

そう言って差し出してきた身分証によると、T大の大学院生らしい。
「僕のいる研究室の主任教授、戸田って言うんやけど、その人に頼まれてそこのお嬢ちゃんと話がしたいだけなんですよ」
その戸田教授とやらは、えりかちゃんのおじいちゃんだと言うから驚いた。
えりかちゃんに確認すると「戸田のおじいちゃんは大学の先生」というから嘘ではないみたい。
「せやから、不審者とかやないんですよ、ほんとに!信じてください」
男は必死に言いつのるが、会長さんはまだ疑ってる様子で
「それが本当なら、事情を話して西島さんの店で堂々と会えばいいじゃないか?コソコソ後をつけるような真似などせんでよかろう」
「…いやぁ、西島さんがいるところではちょっと…あかんのですわ」
西島さん?あ、マスターのことか。
男の言葉を聞いた会長さんの表情がますます険しくなり、ケータイを取り出した。
「怪しいな。やはり警察に…」
「待って、待ってくださいよ!ほんまに」
横山と会長さんが揉み合いになりかけた時、

「なにしてんの?」

突然の声に驚いて後ろを振り返ると、俺の肩のあたり、すごく近くにまーくんの顔があって「ひぁっ」とヘンな声が出てしまった。
自転車に乗ったまーくんは、急いで来たのかおデコに汗をかいている。
「かず?」
「あ、ええと」
こんな時なのに、その汗を拭いてあげたい衝動に駆られたなんて、口が裂けても言えない。
俺は少しへどもどしながら簡単に説明した。
まーくんは黙って聞いている間、じっと俺の耳の辺りを見ていた。くそぉ、勝手に赤くなる自分の耳が恨めしい。
話を聞いたまーくんが、ふいに大きな声で揉めている二人に話しかけた。
「あー!あなた、雨の日に会いましたね!」
「えっ…」
すみの方に自転車を停め、まーくんはキョドる横山に笑顔で近づいていく。
「誰や、おまえ…」
「そういう事情なら、こんなところで立ち話もなんだし、コーヒーでも飲みません?」
「はぁ?何言うてん…」
みなまで言わせず、強引に横山と肩を組んで「まぁまぁまぁ」とまーくんがマスターのお店まで引っ張っていった。
それに気づいた横山が、
「ちょっ!待てや、ここはあかん、あかんて」
と慌てたけどもう時遅し。まーくんがあっという間にドアの中に押し込んでいた。
俺とえりかちゃんは、助けてくれた会長さんにお礼を言ってあとに続いた。