マスターに怪しげな男のことを伝えたら、たまたまコーヒーを飲みに来ていた商店街の会長が、下校の頃の見回りをかって出てくれた。
まーくんもバイトの時は迎えに行くと言う。
当のえりかちゃんは、俺の顔色がよくないと心配して俺のそばにぴっとりくっついていた。
俺はそんなえりかちゃんの雨に濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、背中に張りついたイヤな感覚を振り払おうと明るく振舞ったけど。マスターが心配してくれて、
「今日はもういいから、連れて帰ってあげて」
と、まーくんは早上がりになった。

帰りのバスは帰宅する人々で混んでいた。
みんなの濡れた傘の湿気で窓が曇っている。
まーくんは俺を前に立たせて、自分はすぐ後ろからまるで俺に寄りかかるみたいに吊り革を持つ。
俺の背中の、冷たいようなヒリつく感覚が目に見えるのかな。
まーくんは特になにも言わない。
俺も黙って背中をまーくんに預けた。
次は降りる停留所だという時に、

「今日は一緒に寝よか」

まーくんが耳元で囁いた。
返事をする前にもう耳が赤くなるのがわかる。
「ヤダ」
「なぁんでだよ。いいじゃない」
「俺、腹こわしてるんじゃなかったっけ?もう寝たほうがいいって思うでしょ?」
「も〜、なんもしないって」

なんもってナニ?ナニ考えてんだ。
そういう意味じゃないっての。
もちろんおなかはなんともないけどさ。
よーしよしと後ろから大きな手が俺のおなかを擦るからくすぐったくて少しだけ笑った。

家に帰って、まーくんが後で一緒に寝るためにうちに来ると言ったら、母さんは「ほんとになかよしねぇ」と笑い、姉ちゃんは顔を真っ赤にした。
でも俺の顔色に気がついたみたいで、二人とも眉を下げて、母さんの手が俺の背中を優しくさすってくれた。
こういう時本当に、俺を襲ったあのヘンタイ野郎を呪わずにいられない。まーくんが止めてくれたけど、やっぱりナイフで刺しときゃよかった、なんて物騒なこと考えしまう。そんな事考えてしまう自分も嫌で、気分は最悪だ。


11時前に、お風呂上がりのほかほかまーくんがうちにやってきた。俺はとっくに布団に潜りこんで英単語を覚えているところだった。
「お〜。受験生やってんねぇ」
偉いエライと頭をぽんぽんして、俺を押しのける勢いで布団に入ってくる。
俺は「キリが悪いから」とわざと背中を向けた。
まーくんはくふくふ笑い、後ろから俺を抱え込む。
温かくて気持ちよくて、知らず脱力してしまい単語帳が手から落ちた。

「こっち向いて」

勝手に滲む涙を見られたくない。
俺が小声で「ヤダ」と言うと、またくふくふと笑い声が背中から身体の中に響いた。