「……で、本郷に教えてもらうんだ?」

ヤバい。
明らかにまーくんの機嫌が悪い。
俺は気が進まなかったけど、潤くんが本郷に話を持ちかけた結果、なんと本郷が了承したっていうから驚いた。

「あぁー!俺が理系だったらなあ!」

まーくんはカウンターの中で頭を抱えた。
マスターがそんなまーくんに苦笑いしながら、俺にコーヒーを渡してくれる。

マスターの手の抜糸も無事に済んで、まーくんは週に三回のバイトになっていた。
「どこで教えてもらうの?いつ?週に何回くらい??」
「え、わかんない時に聞く、感じかな」
「なんだそれぇ、はっきりしないなあ!」
「そんなこと言ったって…」
そりゃ俺だってちょっと不安だけど、さすがにもういじめられたりしないと思うし、そこまで心配する?過保護だよなぁ。
まーくんはしばらく腕組みして考えこんだ。

「じゃあ、教えてもらう時はここで!俺がコーヒー奢ってあげるから!」

カウンターから乗り出すようにして、まーくんが俺をじっと見つめる。
え、それじゃあせっかくのバイト代が減っちゃうじゃん。それはさすがに…と言いかけたら。

「俺のバイトは火、水、土曜だから、それのどこがで教えてもらおう!」

いやだからさ。
なんて俺の意見は聞いてもらえないのは、通常運転。いいけどさぁ、なんだかなあ!


今日は水曜日。
そろそろえりかちゃんのお迎えに行く時間だなと思っていたら、賑やかなオバチャン団体客が入ってきた。
座る席順からオーダーまで実にかしましい。
元気だなーとこっそり眺める俺の腕を、まーくんがグイグイ引っ張る。
「ごめん!すぐ追いかけるから、えりかちゃん迎えに行ってくれない?」
急に忙しくなったカウンターの中を見て、俺は「いいよ」と立ち上がった。

外は小雨で、傘をさしてブラブラ学童にむかった。少しばかりお久しぶりのえりかちゃん。ママから連絡あったかなぁ。
「あ、かずなりだ」
学童から出てきたえりかちゃんが目を丸くする。なんでだか、えりかちゃんは俺たちを下の名前で呼ぶ。ナマイキだと思うけど、この可愛い顔でエラソーに呼んでるのも悪くないかな、なんてね。
たあいのない話をしながら歩いていると、えりかちゃんが俺を見上げて言った。
「ママから電話もらったよ」
「あ〜!よかったじゃん。」
えりかちゃんは「うん」と答えたけど、あとが続かず俯いてしまった。
俺はしゃがんで、傘の下のえりかちゃんと目線を合わせた。
「どしたの」
「ママ、帰るって言ってくれないんだよね」
「そっかぁ…」
雨に濡れたランドセルがやけに大きく見えた。

「わたしのせいなのかなぁ」

そう言ったえりかちゃんの肩が、小さく震えていた。