「かず!!」


大きな声が響いた。
え…?まーくん?


勢いがついたままあいつの懐に飛び込む寸前、急にナイフを持つ手が宙に浮いた。
混乱して焦点の合わない目で見上げると、大きな手がナイフの刃ごと俺の手を握ってた。

「ダメだよ、そんなこと。あとでかずが苦しんじゃうよ」

まーくん…。
まーくんが優しい顔で俺を見てた。
力が抜けてその場にへたり込みそうになる俺を、まーくんが抱きかかえてくれる。

そんなまーくんの後ろでは、なにが起きたのか仰向けに倒れてるあいつの首を、本郷が踏みつけていた。
「少しでも動いてみろ、潰すぞ」
首は急所だからなって、ひんやり笑ってる。
駅のほうから何人かの慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえた。


まるで接着剤でくっついたみたいに離せなかったナイフが手から落ちる。
その時まーくんの手から血が流れているのに気がついた。
「てっ、てっ、ちっ、ちぃ…!」
やっと出た言葉がコレ。
俺は新たなパニックに陥っていた。
「腕の傷、ひどいな。あぁクソっ、タオルかなんか持ってりゃよかった」
「ち、ちがちがちがっ…」
もう、何言ってんだよ、まーくんが怪我してんじゃん!
俺はもうどうしていいかわからなくて、小さい子どもみたいに声を上げて泣いた。

そこらから、あまりよく覚えてない…。



頭がはっきりしたのは、病院について、俺の腕とまーくんの手の傷の治療をしてもらったあとだった。
何ヶ所か切られてたんだ、俺。
今になってズクズク嘘みたいに痛んだ。

廊下に置かれた椅子に手を繋いで座る。
母さん達がこっちに向かってるって。
また心配かけちゃったな…。

「どうしてまーくん来てくれたの?」
まーくんは俺の顔を見て、ちょっと苦笑い。
「本郷がね、風間ぽんに連絡してくれたの」
「え?」
本郷が?
「正確には、かずのケータイの番号を聞くためなんだけどさ」

逃げ出した俺を呼び戻すためにかけた電話。
本郷からあのオヤジの事少し聞いてた風間は、ビックリしてまーくんに「今どこ!?」って連絡したんだって。

「俺さ、居たんだよ駅前に。かずの誕プレの下見に来てたんだ。お店の人と相談してたら遅くなっちゃって。だから慌てて本郷が居るっていう本屋に走ってったの」

したらさぁ、あいつ血相変えてお前のこと探すって。あのオヤジ、いつ行ってもかずの絵を見てたから画廊に向かってたらヤバイって。

「本郷、なんでそんなこと知ってんだろ」
「なんでって…」

まーくんは嫌そうに眉をしかめた。

「そりゃ、あいつもしょっちゅう見に行ってたからだろっ」

きょとんとする俺に、まーくんはガックリ頭を垂れた。