「あのさぁ、アルバムが見たいわけじゃないんだけど」

母さんと姉ちゃんは、俺の卒園アルバムを前に超盛り上がってる。出てくる言葉はほぼ可愛いだけ。そういう事を知りたいんじゃないっての。
「あの時は大騒ぎだったからね。雅紀くんとかなたくん、取っ組み合いのケンカになっちゃって。理由はよくわからないのよねぇ。」
母さんはやれやれとため息をつく。
ケンカになって、まーくんは2階から派手に階段を転げ落ちた。頭を打って血が出るし、鎖骨も折ってしまったという。
「あなたはもう、とにかく泣いて泣いて、3日くらい泣き続けて熱まで出すし」
「まーくんが死んじゃうって、そりゃあもうすごかったんだから」
姉ちゃんまでやれやれと首を振った。
…覚えてない。
「よっぽど怖かったのねぇ。熱で寝込んだあと目を覚ましたら、ケロッと忘れてて。覚えていたくなかったのかしらね」
母さんが頭を撫でようとしたんで、ひょいとよける。高校生の息子にそんなことするんじゃないよ!

その後、かなたくんは同じ敷地内にある小学校受験対応のクラスに移ったらしい。それきりほとんど顔を合わせてない。
そっか、だから小学校も違ったのか。

玄関チャイムが鳴ってまーくんが来た。
ポケットの自転車のスペアキーを確認して表に出る。まーくんは「ん」と自分の自転車のハンドルを俺に示した。俺は黙って後ろ側にまわって、上目遣いで見つめ返す。
「お前ねぇ。わざわざ学校まで行ってやるってんのに、乗っけていこうって気はないわけ?」
ブツブツ言いながら、それでも前に乗ってくれる。
俺は昨日の夜、ぐるぐる考えたことを言おうかどうしようか少し迷ってた。だから、まーくんが乗せてくれたら、顔を見ずに話せると思ったんだ。おずおず乗って、しばらく黙っていた。
学校が近くなってきたから、思い切って話しかける。

「あのさ、あの…。考えたんだけどさ。俺たちって、俺たちの関係って、なんになるのかな。
んと、なんだろ。こ…恋人、とか?かな?」

キュッとブレーキがかかる。ボコッとおでこがまーくんの背中にぶち当たった。
「てて…」と見上げると、まーくんがコワイ顔でこっちを見てた。
そして前を向くと猛然とペダルを漕ぎ出した。
慌ててしがみつき、ヒヤリとする。
どうしよう。やっぱり聞かなきゃよかった…。
自分でも恋人だなんて言い過ぎかなと思ったんだよ。でもさぁ、極端な言い方しないとこいつわかんないじゃん。

学校の駐輪場に着くと、俺の自転車なんてそっちのけで、手を掴まれて校舎に向かってく。
ずんずん勢いがすごくて、俺は小走りになった。たどり着いたのは、今日は誰もいない生徒会室。
まーくんが黙って俺をみるので、困って目を泳がせる。こんな時、いつもならまーくんの背中に隠れるのに、今日はそうもいかないし。

「…わかった」
「へ?」
「ちゃんと覚えてないから、そういう訳わかんないこと言うんだよな」
まーくんは大きな手のひらで俺の頬を包むと
「誓いのチューしよ!していい?」
「え、ええ!?ここ、で!?」
うろたえる俺なぞ気にもせず、顔を近づけてくるからじたばたした。していい?って聞いたよね。まだ返事してないんですけど!
「あのさあのさ、俺、女の子になる予定とかないんだけど、いいの?」
「はあ?」
「だってお嫁さんって…」
「あのねぇ、なんでそうなるかなぁ」
呆れながらも顔を覗き込んでくる。
「かずは女の子になんなくていいし、俺もならないし。かずはね、かずのままでいいの!」
「そう…なの?」
「そうだよ」
そうなんだ…俺は俺のままでいいんだとほっとして、うれしくなって入ってた力を抜くと、あらためて顔を上げられた。


「一生俺と歩んでくれる?」

黒目がちの真剣な眼差しに、一瞬我を忘れた。
ただただ見つめる。幼い頃の顔が重なって見えた。あの頃から変わらない、強い意志を感じさせる瞳。胸がいっぱいになって、「うん」と答えた。

チュッと唇に温かい感触。思わず目を閉じる。
これが俺のファーストキスってことでいいよねとか思っていたら。更に深くまーくんが入り込んできて。ええ!?ちょっと待ってよ、うそでしょ!テレビとかで見る誓いのキスってこんなじゃないよね!?ちょちょちょ…!

頭の中はぼーっとするし、なんか足元もふわふわするし。離れたまーくんを涙目で睨む。
「これなら忘れないっしょ」
むうぅ。忘れてたこと言われると言い返せない。
「気持ちよかった?」
って聞かれて、猛烈に恥ずかしくなってまたじたばたしてやった。そんなこと聞く?ねぇ聞く!?やっぱバカだこいつ。
そんな俺を笑って抱きすくめると、まーくんは言った。大丈夫だよって、女の子じゃなくてもきっと俺たち大丈夫って。
涙目に限界が来て、涙出ちゃうじゃん!


「もしもーし」

突然の声に2人して飛び上がる。足を机にぶつけてまーくんが派手な声を出した。
ドアを見ると、そこには櫻井翔!
「しょ、しょしょしょ…」
「そんなだから写真撮られるんでしょうよ」
まだまだ脇が甘いなとか言いながら笑ってる。
「なになになに、ええと」
「まぁ、落ち着けって」
うろたえるまーくんの背中を叩き、袖を噛んでる俺の頭をポンポンする。
「ほら、プリンターの調子が悪いって言ってただろ?」
家に余ってるのがあったからとしょうちゃんは、手際良くプリンターを設置した。
プリンターが余ってるなんて、ほんとどんな家だよと心の中でツッコむ。
用が済むと、校長先生に挨拶して帰るというしょうちゃんと別れた。
「イチャイチャしてないで、早く帰れよ~」
って、一言多いっての。


夕陽の中、まーくんと並んで自転車で帰る。
他愛のない話をしながら、笑い合う。いつもと変わらない風景。
でもきっと変わってくんだ。どんなふうにかわかんないけど。
そう思うとドキドキする春休み12日目。