20ミリシーベルトという基準に、女性も絶望感を覚えた。

 

「ああ、見捨てられるんだ」

 

郡山市では「肌を露出するプールは断念せざるを得ない」として、屋外プールのある小学校、中学校で屋外プールでの授業を中止し、全校で屋外の活動時間を独自に一日3時間までとした。1学期の運動会も延期した。

 

異常な世界。どうやって子どもたちを守ればいいのか。避難しようと訴えたが、夫は受け付けない。

 

「100ミリシーベルトまでは大丈夫だと言っているだろう。おかしくなったのか。家のローンは20年以上あるんだ」

 

自分がおかしいと言われる始末だった。

 

2011年11月、福島第一原発敷地境界 線量計は96マイクロ毎時を示した(photo by The Asahi Shimbun)

 

そこで、厚労省の白血病の労災基準は年5ミリシーベルトだ。低線量被曝でも労災認定が出る、という労災基準を記した紙を示して訴えた。しかし、びりびりと破かれてしまった。

女性は決意した。

 

「娘は将来、子どもを産むかもしれないのに、被曝で何かがあったら困る」

 

8月に仕事を辞め、娘だけを連れて避難することにした。女性は当時49歳。行き先はかつて女性が住んだことがあり、子どもを出産した場所でもある東京にした。土地勘があり、かつ息子のために、戻ってこられる距離にいたいと思った。

 

避難者には、都営住宅や国家公務員住宅、雇用促進住宅、民間借り上げ住宅などが提供された。母子が提供されたのは、東京都内の雇用促進住宅の一室だった。

こうして家族は200キロ離れて暮らすことになった。

何もかも不安定のまま東京へ

女性のように母子だけが避難するケースが続出した。夫の理解を得られず、または仕事があるため夫が離れられず。いわゆる「母子避難」だった。

 

100ミリシーベルト以下の「低線量被曝」についての見解が定まらないことが、人々を混乱させ、苦しめている。

 

各国の放射線防護対策は、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告にならっている。ICRPは、広島・長崎の原爆被爆者の追跡調査などをもとに全身への被曝が100ミリシーベルトでがんの死亡リスクが約0.5%増えるとみており、100ミリシーベルトより低い線量の影響については、「線量の増加に正比例して発がんや遺伝性の影響が起きる確率が増える」との考え方を採用している。

 

放射線被曝による労災認定基準は、白血病で年5ミリシーベルト。悪性リンパ腫が年25ミリシーベルト以上、多発性骨髄腫が累積50ミリ以上、肺がん、胃がん、大腸がん、甲状腺がんなどは累積100ミリ以上だ。

 

筆者は、5.2ミリシーベルトを浴び、白血病の労災認定を受けた50代の男性を訪ねた。アパートの一室に住んでいた。

 

男性は、玄海原発(佐賀県)と川内原発(鹿児島県)で配線修理を担い、計約3ヵ月で5.2ミリシーベルトを被曝。それから他業種で20年以上働いたのち、健康診断で白血病と診断された。

 

「『100ミリまで浴びても大丈夫だ』と聞いていた。同僚が白血病になったが、自分も20年後に白血病になるとは思いもしなかった。労災認定がなければ薬代で年50万円を負担しなければならないところだった。年5ミリを超えている住民の人たちはどうなるのか……」と心配していた。

 

福島県民約46万人を調べた外部被曝の推計調査では、事故後4ヵ月間で5ミリシーベルト以上被曝した住民は、原発作業員ら以外に966人にのぼった(2017年6月末現在)。最大は、福島第一原発がある相双地区で25ミリだった。

 

長女と東京に避難してきた女性は、子どもの学費の捻出に追われ続けた。

 

ハローワークや民間の求職サイトで職を探し、秋になってようやく派遣社員として事務職についた。平日と週末のダブルワークをして貯金。月20万円を稼ぎ、そのうち7万円を貯金に回した。疲れて体調を崩したときも、「一日出勤すれば1週間分の食費になる」と、体に鞭打って出勤した。

 

公的な学費支援は、夫の収入を含む世帯収入があるとして打ち切られてしまった。