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辰巳芳子さん=神奈川県鎌倉市、西田裕樹撮影



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 ――その9条の意味を現政権は解釈だけで百八十度変えました。


 「私の先祖は加賀・前田藩の祐筆(ゆうひつ)(藩の記録や書記の役)でした。むかし殿様の最大の任務は領民のいのちを守ること、飢えさせないこと。なのにいまの政治家は国民のいのちや食を守ることを真剣に考えていない。しっかりした生命観をお持ちじゃない。だから日本はおかしくなりました。もう底が抜けてしまいました」




 ――底が抜けたとは?


 「10年先には大変なことになります。気象が変動し、干ばつや熱波による米国や南米、豪州の凶作がじかに日本の食卓に及ぶ時代。日本も南太平洋の気候になってきた。むかしは真夏でもそうそう32度は超えなかった。気候激変に応じた食の確保策をだれも考えていない。風土にあった食材を料理して食べていないから、日本の男はナヨナヨしてきた。若い男性のえりあしなんてスーッとしていて、見るからに頼りない」

 「しかも農業者が減りすぎている。いま日本の農業を担う人々は平均65歳。10年先にはもう働けない。そして農業高校を出ても農業で食べていけない国になりつつある。30%台の食料自給率は異常です。サッチャー英首相は奮闘して(カロリーベースで)70%へ戻した。日本の政治家はだれも危機感をお持ちじゃない。特に穀物が危機的。無策が続けば、10年後に日本は食で行き詰まります」




 ――食品を含む輸出入のルールを変える環太平洋経済連携協定(TPP)には反対ですか。


 「食の根幹について外国と交渉する以上は、逆手に取るくらいの姿勢で臨んでほしい。逆手に取って日本のおいしい農産品や魚介類をちゃんと守り、輸出を伸ばすところまで持っていけるはずです」

 「私はずっと各地の農産品を守る運動を続けてきた。動物性たんぱくに依拠しすぎた生活はあやうい。牛肉のBSE問題、鶏肉の鳥インフルエンザが深刻になる前から、大豆100粒運動というキャンペーンを始めました。小学生が1人100粒をまき、育て、収穫する。増産のためじゃない。大豆なら将来の日本を助けてくれるから。運動10年、小学生3万人が大豆に親しんでくれた。国の立て直しには、こういう具体的で無私無欲の農業施策が欠かせません」




 ――穀物が日本を救うと。


 「魚介類も心配です。日本人は農耕民族であり、海洋民族でもある。海の幸なしでは生きていけない。福島のアイナメが(規制で)食べられなくなって悲しい。福島の事故の何年も前から心配していた。青森県の六ケ所村で核燃料の再処理が行き詰まったと知ってからですね。もし核物質が海や土を汚染したら、見た目は普通の食品でも住民はどれひとつとして食べられなくなると。実際に大きな事故を起こした日本政府が原発を外国に輸出するなんて。買う方もどうかしていないでしょうか」


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 1924年生まれ。日本の風土にあった家庭料理を提唱。その日常と思想を描いた映画「天のしずく」が2012年に公開された。



■取材を終えて

 すぐれた食材を全国に紹介し、風土にあった食べ方を提案する――。広く知られた料理家だが、話してその自在な思考に引きこまれた。コメを通じて外交を論じ、アイナメを惜しんで核問題にいたる。「愛とは何か」「人はなぜ食べるのか」。身に降りかかった難題はとことん考え続けるのが身上。「いまの人は政治家も学者も記者も考え抜くことをしません」(特別編集委員・山中季広)