1985年8月12日午後6時12分 若い自衛官は仁王立ちしていた。両手でしっかりと小さな女の子を抱えていた。赤い、トンボの髪飾り。青い、水色のワンピース。小麦色の、細い右手が、だらりと垂れ下がっていた。自衛官は天を仰いだ。空はあんなに青いというのに。雲はぽっかり浮かんでいるというのに。鳥は囀り、風は悠々と尾根を渡っていくというのに。自衛官は地獄に目を落とした。そのどこかにあるはずの、女の子の左手を捜してあげねばならなかった。 <小説より抜粋>