さて、今日は悪魔払いのお話です。何年か前、去年だったかな?バチカンの大学が悪魔払い養成の為に悪魔払い養成講座を一般向けに開講するとかいうニュースが話題になりましたね。なんでも、悪魔払い不足に悩む教会が悪魔払いを増やそうと開講したのだとか。向こうは現役女子高生のエクソシストなんているのだから驚きです。今の時代悪魔も何もあったものかと思うかもしれないが、悪魔払いという儀式、西洋社会では普通に行われている。この悪魔、東洋文化には存在しないが日本でいうと似たものは悪霊とか煩悩ってかんじでしょうか。異なるのは西洋の悪魔は神と同じように万能の力を持っている。悪霊はただ人に悪さをする邪悪な存在だが、人の心のスキにつけ込んでくる所なんかは一緒だ。キリスト教の世界ではルシファーは悪魔を指す名前であるが、このルシファーがかつては神に仕える最も力を持った天使であったことは有名な話だ。ルシファーが慢心したことにより神に地へと落とされて、悪魔と呼ばれる存在になる。ここに悪魔と呼ばれるものが誕生したことになる。
悪魔をテーマにいろいろな映画や物語が作られてきた訳ですが、こんなにも人々の心を捕らえてしまう悪魔とは一体何なのか。キリスト教的に言えばそれはルシファーで人間の力を超えた人間ではない邪悪な存在なのだが、それだけでは語れないほどの魅力?のようなものを兼ね備えている事も事実である。悪魔に取り憑かれたと主張する人間は実は女性の方が多いのだそうだ。医学的説明の一つとして、女性の方がヒステリー傾向に陥りやすい、一種のヒステリー症状という考え方もあるそうだ。もしくは統合失調症の患者の中にも悪魔とのつながりを主張する患者もいる。ほとんどは精神的な理由が多いが中にはそれだけでは説明のつかない人もいるわけで・・・悪魔は本当に存在するのかしないのか・・実はローマ法王のヨハネパウロ2世が悪魔は存在すると宣言している。ローマ法王までが言うのだから否定はできまい。この世に悪魔がいる限り、エクソシストは存在する。悪魔は人の心の弱みにつけ込みありとあらゆる誘惑で人を堕落させようとする存在とされている。私たちはいかに自分が弱く堕落しやすいか良く分かってますね。それが今生きている人間すべてに共通する心の弱みです。困難なときに信仰を失わず自分自身を信じることがいかに難しいか。それに比べると悪魔のささやきはとても魅力的に響きます。それでも自分を信じる人は最後は勝利するわけですが、自分を信じる事は信仰を失わないことと同義のような気がする。人が神を信じると言うとき、自分を信じると言うのと等しい事になる。神とは自分の中にいて、外で仰ぎ見るような存在ではないのだ。この世が男と女、光と影、善と悪など対極の物で組み合わさっている故に、今は悪魔も必要な悪なのかもしれない。対極の観念さえ取り払われ、もっと進化した存在へと人類がなっていくならばエクソシストも悪魔もそのうち必要がなくなるだろう。