柔道に関する言葉で、誰でも一度(?)は勘違いする言葉、それが
「重力剛を制す。」
もちろん、正しくは「柔よく剛を制す」で「技で力に勝つ」といった意味ですが、この間違いは結構軽妙な面白さがあります。
柔道も空手や合気道と同じように、素手の格闘技です。しかし、相手へのダメージは直接的には、「畳」や「床」、「地面」が与えるわけで、人間はそれらに相手がぶつかるように「投げる」ことがこの格闘技の基本となります。さて、投げられたときの人間の受けるダメージはといえば、投げられる人間の体重と重心の高さによる位置エネルギーと投げはじめの初速度の垂直成分によると考えられます。重力加速度をg、投げられる人間の体重をm、重心の高さをhとすると、位置エネルギーはmghとなるので、今上げた3つの要素はそれぞれ投げられたときのダメージに正比例すると考えられます。ということは、重力加速度は一定ですので、体重が重ければ重いほど、そして重心の位置が高ければ高いほど投げられたときのダメージは大きいということになり、まさしくそれは「重力」が体重が重い(剛の)者を制することになります。
さて、もっともらしいことを書きましたが、高校程度の物理の知識しかありませんので、正確かどうかは定かではありませんが^^;
「重力剛を制す」ではなく、本来の「柔よく剛を制す」は、柔道の理想とすべきところではありますが、競技としての柔道にはあてはまりません。というよりも、私の場合、むしろ勝負の妨げになりました。「柔よく剛を制す」は柔道家が目指す更なる境地としての存在とするべきで、私のような柔道学生だった者がどうこうできるものではないのですが・・・。でも、目刺しちゃうんですよね、それを。そしてそれがかえって弊害になっていることにも気がつかずに。
私は高校時代、身長172cm体重70~74kgと、ズングリ体型でした(今はボッテリ体型です)。ベンチプレスは90kg、スクワットで130kgぐらいのバーベルを上げておりましたので、それほど腕力・脚力がなかった訳ではないのですが、その「力」を前面に出した戦い方を潔しとしませんでした。力をほとんど使わず、キレイに投げなければ柔道ではないという「美学」が心の奥底にあったのでしょう。今思えば試合でも「力」を抜いておりました(手を抜いたわけではなく、力加減を無意識にセーブしていた感じです)。それで勝てればいいのですが、結局負けてしまうのです(もっとも力を100%出していれば勝てたかと聞かれると、自信はありません)。で今更ながら、もっと自分の力を有効に生かせた戦い方や練習方法があったのではないかと幾分後悔しております。自分より技の切れる相手を、力で押さえつけて身動きできなくさせ、力で投げ伏せる。学生時代の私であれば毛嫌いしたであろう方法ですが、「そういう柔道もアリ」なんだよいうことを教えてくれる人間が近くにいればよかったのかなと思います。
「柔よく剛を制す」
とても魅力的な言葉であり、もちろん三船久蔵十段のようにそれを実践できる柔道家もおりますが、まずは
「技は力の中にあり」(by大山倍達)
から入り、上達するに連れさらに高みを目指す方がよいのではないかと思います。
