だいぶ前のお話です。


私が血液内科にいたときのこと。

とある60代の女性の患者さんが血液疾患で入院されました。

その方は本当に心の温かい方で、

抗がん剤と放射線による治療で副作用が強かったにも関らず

私が診察に行くと、弱音を吐かずに、

どんなにつらくても笑顔で迎えてくださっていました。

私は診察に行くと、ついつい診察を超えてお話をしては長居をしてしまっていましたが、

その方も楽しみに待っていてくださっていました。


治療がうまくいき、完全によくなったかと思われましたが、

あるとき、再発してしまいました。

ちょうど私はその境で他の病院に移動になってしまい、

主治医を外れなければなりませんでした。

私も、その患者さんも、お互いに良い信頼関係が生まれていただけに、

不謹慎ですが、とても残念でした。



数ヵ月後、その病院の仲間に、その方が危篤状態と聞いていたため、

花束をもってその方に会いに行きました。


その方は、すでに昏睡状態で、

意識も朦朧としていました。


私は手をにぎり、その方の名前を呼び、話しかけ続けました。


これがこの方とお会いするのも最期・・・。

それは分かりきったことでした。


付きっ切りで看病なさっている旦那さんと、涙ながらにお話をしました。

すると、旦那さんがおっしゃいました。



『先生。彼女は、数日前まで意識があったのです。
でも、だんだん意識がもうろうとしていくにつれ、ずっとうわごとをいっていました。
ずっと、先生のお名前を呼んでいたのです。
本当に、これまでありがとうございました。
家内も、今日先生がきてくださって、
どんなにか喜んでいることと思います。』



私は涙があふれました。

死を直前にして、

私の名前を呼んでくれていた。。。。



これほど医者冥利に尽きることはありません。


残念ながら、再発により、急激に具合が悪くなってしまいましたが、

意識がなくなった分、

苦しみもつらさもひどく味わうことなく、

この世を去られました。



患者さんの死は、

私自身も含め、

主治医にとって、痛みとなります。


でも、

患者さんの死は

医師としての経験だけでなく、

人間愛を

教えてくれるのです。



これからも

こういった経験をするでしょう。

内科医である以上、さけられません。



『死ぬときは先生に看取られたい』

そんな風に言われるような医師になりたいと

思います。