#02 無駄には生きられない
交通事故について話すとき
胡歌は非常にオープンで
落ち着いています。
病院に横たわってる間
彼は読書に夢中になり
時間があれば本を読んでいました。
あるチャリティー番組に参加した時
学校を休んでいる
山間地帯の女の子を支援しました
「君が本を読んで知識を身に着けたら
沢山の選択肢が出来る。
賃金を稼いだり
農業を行ったりしなくても
良くなるんだよ」
過去の経験が凝縮された
胡歌の格言でもあります。
彼は人生を諦めようとも考えました。
しかし交通事故から立ち直り
生きる意味を取り戻せたのは
読書のおかげでした。
一方で、胡歌は事故後
写真撮影にも夢中になりました。
彼はファインダー越しの世界が
とても豊かで美しいことに
気付いたのです。
「鏡のように世界を見ることで
写真は自分の内面と
より向き合うことが出来ます」
胡歌は写真展を開催するための
多くの招待を断りました。
写真展は
卓越した写真技術への招待ではなく
自分たちの名声の為に
用意されたものであることを
心の中でよく分かっていました。
自身の写真を評価するとき、
常に冷静で
基本的なスキルは低く
純粋に自己満足であると認めています。
虚栄の世界と比べて
胡歌は人々が
忘れ去ってしまうような
人生の出来事を
撮影することを好みます。
例えば路地のトイレや郵便ポスト‥
それらは全て日常生活の
ささやかで飾らないものです。
胡歌はリアルな写真を撮るために
自分のイメージを気にせず
様々な奇妙な態勢を取ります。
写真に夢中になって20年以上
どこへ行ってもカメラを持ち歩き
撮影することに慣れています。
彼はカチッとシャッターを
切る瞬間を楽しみ
生活の中で忘れられている
ディティールを発見するのです。
エジプトでは古代の地元の風景と
通りを行きかう忙しい人々を撮りました。
平遥国際映画祭へ行ったときは
街の屋台や
ユニークな花鼓の行列、
竹馬のパフォーマンスを撮りました。
胡歌は繫栄している
大都市を写すことは滅多になく
自然の山や村での
実際の生活を撮ることが多いのです。
胡歌は時折、生き残った自分が
受けた苦しみに値するのかを考えます。
梅長蘇の台詞のように
生き残ったからには無駄には生きられない
その為、彼はしばしば姿を消し
公共福祉を行うために
様々な場所へ行きます。
青藏公路
(チベットを横断する道路の一つ)で
仲間たちと日焼けを厭わず
1キロで500本以上のボトルを拾いました。
貧困地域にある
30以上の希望校に資金援助し、
ほぼ毎年生徒を訪問します。
野鳥を守るために三江源へ行き
6月1日を子供たちと過ごすために
チベット高原へ行くのです。
胡歌は重病を患っているファンへ
メッセージを書いたことがあります。
「人生は稀な修行の場です。
簡単に白紙の答案を渡してはいけません」
理屈では分かっていても
名声や富を得ると
作り上げた表面的な人格で自らを騙し
自分自身を見失いがちです。
しかし虚栄の世界の中心にいながら
自分自身に忠実でいられる胡歌は
称賛に価すると思います。
お金や名声だけを
追い求めてはいけないと
身をもって示しています。
本を読むこと
人生を発見すること
より多くの有意義な事へ行いは
人生を「成り行き任せ」にしない
ということではないでしょうか。
元記事
胡歌又上热搜!39岁仍然单身,边捡垃圾边摄影:做明星没劲透了!_生活







