时尚芭莎二月刊「定義なき自由」和訳
アイドルから俳優まで、この18年彼は懸命に働いてきたと言った内面を高め俳優としての初心を守り抜くという選択を主張してきた彼は都会の花火の自由にくつろぎながら現実と一定の距離を置いているかのようだ他人の定義への彼の態度は「それらの定義はどれも私のものではない自由は定義を必要としない」というものである胡歌の記憶の中で10年以上前の雲南への旅行は特別なものだった不思議な光景が広がると言われている华首门を探検するために大理から鸡足山まで一人で車を走らせた※胡歌撮影その日は曇り空でGPSがうまく機能しないままデコボコ道を5,6時間かけて走り目的地に着いた目的地に着くまで山を一周しても場所を見つけられず途中のデコボコ道で疲れ果て山を下りようとしていたその時、小さな古い家の前を通りかかった好奇心から足を踏み入れると裏庭の木戸が半開きになっていたので周りに誰もいないことを確かめて中に入って行ったその光景は魂を揺さぶるものだった胡歌は気が付いたら、崖の上に立っていた前方には奥深い谷が見渡せ雲はまるで空に沈んだかのようにモヤモヤと霧がかかってる「側で掃除をしている人がいたので私は华首门はどこですか?と尋ねるとテレビドラマでしか出てこないようなことを言われました、”見上げてごらん”と」見上げると、岩壁は空までまっすぐに伸び猿さえも登るのは困難なほどだった思い出せば、直ぐに驚きが蘇ってくるその場に居合わせた時の衝撃五感を開いて得られる三次元の立体感写真の記録ではそのすべてを比較することは出来ないここ数年、胡歌はオープンな場所へ行きかつてのように写真を撮ることに熱心ではなくなった「写真を撮ることで何が得られるのかということも考えています良いことは、ものの見方が変わるとか確かにたくさんありますが悪いことは、そのためだけに写真を撮ってしまうことです」「良い写真を撮るために」目的意識が強すぎると感じるようになった※胡歌撮影「写真でしかその場と繋がることが出来ず心で感じることを忘れているような気がします写真自体も技術の進歩によりデジタル写真がフィルムに匹敵するようになった今でもこの2つは同じではありませんフィルムで写真を撮っている時は殆どの時間を観察に費やしていますシャッターチャンスとネガフィルムに余裕があることが重要だからですデジタルにはこのコストはありません10枚の写真を撮れば9枚削除できますがこのシンプルさと直接性は映画時代の面白さの一部を失っています」「表面的で浅い」写真で彼の気持ちの全てを収めたくない杜甫曰く「幸有舟楫迟,得尽所历妙」※(幸いにも船は遅れたので可能な限り素晴らしい経験を得られる)胡歌の願望に最も近づくプロセスそのものの咀嚼は結果よりも重要である※胡歌撮影“我”的渺小与自然的伟大~「私」の小ささと自然の素晴らしさ~プロセスの途中には常に驚きがある時に驚きに喜び、時に圧倒される2019年、胡歌は烟瘴挂へ行ったそれは上流から下流への揚子江の最初の峡谷であるチベット語から音訳され1980年代に揚子江を漂流した最初の人「尧茂书」にちなんで命名された烟瘴挂の近くには野生動物を観察するための赤外線カメラが多数設置されており当時の胡歌の任務はバッテリーの残量が十分かどうかメモリーカードを入れる余地があるかどうかを確認することだった途中、車が泥沼にはまり込んでしまった辺鄙な場所で基本的に道路がないので前日は一晩テント泊になった全ては上手くいっていたが夕方には雪が降り始めた気温が下がり車のタイヤ空気圧も下がると感じ特別に膨らませた「経験不足でした雪が解けた後、気温が上がるとタイヤがグリップする前に空気圧が低くなり空気を入れて膨らんだタイヤは硬くなるので泥道に突っ込むだけでした」標高は4,600〜700m近くあり携帯電話の電波はまったく届かないその時、もう1台車があり友人が胡歌の車を牽引しようとしたがタイヤが横滑りして泥沼にはまり込んでしまった「私達はとても、とても困り果てましたしかし運良く1kmほど離れたところに遊牧民のテントがあり、彼らは車のトラブルに遭遇することがよくありとても経験豊富でした5,60代のチベットの大爷が助けてくれました」大爷が杭を打ち付けジャッキを押すのを見て、息を呑んだが胡歌は自分は若くて強い男でありこの仕事を引き受けるべきだと思った「しかし私は1つの重要なことを忘れていました大爷達は地元の人々です私はそこでしゃがんでしばらく働きましたが立ち上がったとき、もう駄目だと思いました完全に酸素を奪われ目の中に金の星があり気を失いそうでした」彼はこんなところで気を失ってはいけないと思い車にしがみつき深呼吸をしながら徐々に回復していった「その夜、沱沱河のベースキャンプに戻る頃には頭からつま先まで泥まみれになっていましたが今振り返るとあの5時間の追い込み体験はかなり楽しかったです」胡歌は2013年から绿色江河ボランティアに参加しており主なプロジェクトのひとつに「绿色驿站」がある青藏公路(チベット)沿いには貨物トラックや自動車が多く走っているしかし人口が少なく特別なゴミ回収システムもない環境保護に対する意識が低い人が多いため道路沿いには多くのペットボトルや空き缶が捨てられている绿色江河では「ゴミを食べ物に」「ゴミ袋を持っていこう」といった活動を開始し牧民たちが空き瓶を日用品や食料と交換することを奨励するとともに通過するドライバーにも同様のインセンティブを与えてゴミをゴルムド市に運び途中のステーションが中央収集所として機能するようにしている胡歌は駅家で通常のボランティアのように働いているアーティストとしてのアイデンティティを捨て去ることはできるが必然的に何か特別な配慮がなされることも分かっている例えば、1ヵ月間フルタイムで駅家に滞在するのではなくさまざまな活動に割り当てられる「ボランティアステーションでの生活は床掃除、テーブル掃除、ゴミ拾い、来客対応ととても些細で退屈なものですプロジェクト全体から見ればこれらのことは取るに足らないことで一人の能力は限られており環境全体を変えるための効果は小さいように思えますがこのプロジェクトによって多くの人々の認識を変えることができるそれが最も重要なことなのです」自己の小ささを認識することは真の偉大さへの第一歩なのかもしれない「雪の結晶 をマクロレンズで見るとミクロの世界では、六角形の結晶がそれぞれユニークな形をしており唯一無二の芸術作品であることが分かります通常の視点の距離に戻っただけでその繊細さや美しさを見ることができなくなりますがこれはボランティアの仕事に似ています」さらに何度か高原に行くうちに装備の整理の仕方や高山病の対処法も経験した「例えば高山病は冬に行くと植物がまばらになり空気中の酸素濃度が低くなるためより深刻になる可能性があります」そのような場所で胡歌は特に空とコミュニケーションをとるのが好きだ昼でも夜でも彼はしばらく空を眺めることができる「街では人間の世界に目を向けています野外にいるときは雲を見上げることができますそれらは刻々と変化して流れてゆきますあるいは星を見上げることができますそれらはとても深くて遠く夜空はとても神秘的です」青海を初めて訪れた時胡歌は長江の真の源流となる沱沱河と通天河の合流点まで歩いて行った雪をかぶった山々氷のような峰々、草原極めて暖かく穏やかな陽光に静かに包まれていた彼自身、説明のつかない理由で地面にひざまずき3度頭を下げたそれは自然への人間の畏敬と崇拝に通じる原始的な本能であった「何千年もの間、長江がなければ中国の文明は違った姿をしていただろうという思いが残りました」彼は空の下では人類は塵のように小さな存在なのだとため息をつくばかりだった「寄蜉蝣于天地,渺沧海之一粟」(広大なところに極めて小さいものがあることの例え)その瞬間、すべてが真に迫り立体的な確信を得たのだったそういう世界を見てきた胡歌が都会に帰ってきて少し違和感を覚えるのは必然だったのだろう「実は調整したくないのですある種の失望と喪失そしてそれらのギャップのために私は次回を楽しみにしてまたやり直すことができるのです」“自在”不需要某种定义~「自由」には定義は必要ない~胡歌がかつて「貪欲 怒り 無知」という言葉で自分を表現したが最終的な分析ではそれは自己と欲望の共存のゲームである「いくつかの段階があると思います最初の段階は人が多くの欲望を持っていることを知らずすべてが普通だと思っているときです次の段階では欲望にはそれなりに必要なものはあるが実は過剰なものもありこうした不必要な欲望を追求し満たすことは時間とエネルギーの浪費であることに気づくのです」その間にある基準や制度は個人の価値観によるもので正しいとか間違っているとかいうことはなくただ選択するだけだと彼は感じている「自分の性質にわざと逆らう必要はありません少なくとも、そのような問題があることに気付いたとき思考はすでに一歩前進しています」数年前、まだ『琅琊榜』の熱が冷めておらず胡歌は観客が自分に寄せる期待役柄による後光に不安を抱え怯えていた今はもう自分のことはどうでもいいと思っているその期待に追いつくことができるかどうか、も「絶対に到達できないからですただ、以前はその期待の存在に気づくとイライラしたり、自信をなくしたりしていましたが今は客観的にそこにあるだけだと気づき「届かない」というネガティブな気持ちや不安をそんなに持つ必要はないと思えるようになりました」「いつも快適な環境にいるなら本当の俳優ではありません冷静である限りこの真実を理解するでしょう」映画「鵞鳥湖の夜」の撮影開始前「初めての本格的な映画撮影」と「厳しい減量」で心身ともにストレスがたまりついには胃腸炎を発症した映画「繁花」の撮影の時にはこの緊張感にもっと落ち着いて立ち向かうことが出来た「王家卫監督はバッファリングに十分な時間を与えてくれます簡単には許してくれませんがチャンスが多く、回数を重ねるごとに緊張が解けていくのが良いところです」30歳の時、リアリティドラマ《苦咖啡》を制作観客と監督に胡歌はもっと上手くやれることを証明したかったが実はそれは彼自身の説明のようなものであったそれまではCMやアイコン的なドラマに出演することが多く、不安もあった「ただ「アイドル」で定義されるのは嫌なのでわざとらしくても、やりすぎてもとにかく人に見てもらえるような変化を起こしたかったのです」彼には制作のたびにどうしても髪型を変えてしまうという無意識の習慣があった「短く切ったり、染めたり巻いたり何らかの変化があります」過去の自分、かつて心血を注いで苦労した役柄に別れを告げやがて俳優も「自分への見切り方」を知るはずだと考えている「最終的に人々が記憶すべきは個々の輝きではなくその作品が伝えようとしている精神なのです俳優の立場からすると作品が成功してもそこから飛び出すことがなければただ立ち止まっているだけになってしまいます」その努力を振り返ると胡歌は少し「偽善的」だったと感じているしかし彼は自分の選択が正しかったと思う「今はそんなに気負う必要も自分がいかに柔軟な人間であるかを証明する必要もなくただ目の前にあることをやるだけです」演技能力が上達しているかどうかは人の判断に委ねるべきだと考えている「でもこれまで積み重ねてきた演技に対する理解や認識は以前とは確実に違ってきています」胡歌は彼の周りの金持ちで専門的な研究に没頭できる人々を羨ましく思っていたそれと比較して自分は「成金」のように感じていたのだしかしこの「恥」も薄らいできた「後に、彼らが私を動かしたのは心の状態であることに気づきました彼らは私のような不安を持っていませんただ学び、快適に暮らしていますこの種の「快適さ」は必ずしも何らかの定義を必要としません」胡歌は平然と落ち着いた「1年に100冊の本を読むことができなければ10冊の本を読むこともかなりの利益になります」30代から40代への旅路の中で時折「未来」について考える「今後、人生の道は広くなるのか、狭くなるのか?私の考えでは多くの人の代表ではないかもしれません私自身、人生には直面する現実が沢山あり若いときは選択肢が多いけれど年をとるといろいろな制約やしがらみがあるのでどんどん幅を広げていくのは難しいと感じています」残酷な話だがしかし結局のところコインには2つの側面があると感じている「同時に、スピリチュアルな選択もどんどん自由で広がりのあるものになっていくかもしれません」特に長距離を自分で運転するのが好きで上海から西安、西宁、格尔木まで中国の東西を横断したこともある「性格はまだあまり社交的ではなく運転するときにとても集中することができます」「道中、何があるか独り言を言ったり寂しくなったらラジオをつけてランダムに地元の番組を探したり地元の方言や日常を聞きます」「人生の大半を都会で過ごしてきた私でも今やっていることは遠くへより夢のような場所へ旅することだといつも感じています」本文胡歌 自在无须定义