母は  31年前に「卵巣がん」で亡くなった。
 ★体の不調を感じながらも仕事を続け
    そのうち食欲もなくなり、最終的に
    腹部と足がパンパンに腫れて、年末の
    開いてる病院に駆け込み検査をしたら
    すでにがんの進行は他の臓器にも転移
    していて、とりあえず手術に望みお腹を
    開いたら...もう手遅れ状態で閉じた..と。
   それから約4ヶ月ほどの入院の末、
    母は、逝ってしまった。

3人姉妹の次女である姉    16年前
「胆管がん」で亡くなる。
 ★母が亡くなってから2年半後のこと
    怪我で入院中に白目が黄色いのに
    気付き、総合病院に転院し、検査を
   したら..胆管の総元にがんがあり、
    手術は不可能と言われた。それでも
   お願いしますと..全ての腫瘍は取り除けな           かったけど 、術後入退院を繰返しながらも
  1年8ヶ月生き延びて、旅立った。

彼氏   8年前「肺・肝臓・喉頭がん」
で亡くなる。
★私が、離婚してから2年後くらいから
   お付き合いを始め(約5年近く)
   肩から腕が痛い..と違和感を訴えはじめ
   当初は50肩かな~とかで特に病院行く
   わけでもなかったけど 、そのうち
   アパート自室で倒れて救急搬送され
   がんが見つかり、それも3ヵ所...
   もう末期だった。入退院繰返し
   入院したら毎日仕事帰りに病室覗いて
   痛いという箇所をマッサージしてあげたり
   消灯間際まで付き添ってた。
   退院したらアパートにも、ほぼ毎日    
   仕事終わったら、食べたいものは?
   欲しいものは?って、メールで知らせて               もらい届けて二人の時間を大切にしてき               た。最後の最後...息を引き取る時は
   病院での夜の付き添いを、彼の弟さんに               お願いしていて..その翌晩は私が付き添                 う 事になってたのに..
    あの人は、最後の姿を私に見せたくなか               ったのだろうか(T_T)
    でも、まだ命に時間があったとき
     喉頭がんで声を出せなかった彼は
    メモに「ありがとう」と書いてくれた。
    手を握りながら「今まで、ありがとう」
    と、声を絞り出すように言ってくれた。
    その言葉で、彼の亡き後の私の絶望と
    失意のどん底を、なんとか踏ん張る事が
    できたのかもしれない。

義兄5年前「胆管がん」で亡くなる。   
★亡くなった姉の2度目の旦那さん
   偶然と言うべきか何と言うべきか
   姉と全く同じ病気でこの世を去った


父は  2年4ヶ月前に「慢性腎不全」で
亡くなった。
★父が体を壊し入院した時は
    私はうつ病で1年休職して、やっと
  職場復帰した頃だった。腎臓機能が低下
  してます!ということで治療してたが
   微熱が続きっぱなしでレントゲンや
   血液検査もしたのに..主治医は腎臓の
   ことしか目がいっておらず、血液検査の
   異常を見落とし、後になって「結核」で
   あることが判明し総合病院にまわされ
    即隔離!!そしてその病院では隔離病棟がな            いため 市外の専門病院に入院→腎臓機能
    も悪くなり、今度は大学病院で「腎ろう」
    の手術。父もまた入退院繰返し..
    病院生活も多かったけど、家に帰って来た
    ら、私の半介護の生活。
    大変だったけど 父にしてみれば今は
    お空でみんなと賑やかに過ごしてるんだ
   良かったんだ!って思ってる。


こうやって、身内、彼氏との死別に直面してきて....ショックではあったよ!辛かった!
でも、何度も看取りを経験してきた私は
どこか...「死」というものに対して、怖さとかの感情が薄くなってる気がします。


しかし....
私は、こういう宿命なんですね、きっと。
身近な人の最後を見届けていく、っていう
役割なのかなぁ~(T_T)



長くなりましたm(._.)m
今夜も、薬の力を借りて眠らせてもらいます。