村上春樹氏の小説「ねじまき鳥クロニクル」が本当に好きで・・・

と以前にも書きましたが

この小説の中に、無意識を表現した面白い個所が出てきます。

それがまさにこの小説のテーマである「井戸掘り」です。

主人公は妻の心を取り戻すために

井戸に深く入り込んで思いを巡らせてみる。



自分のいる場所から深く深く掘り込んでみると無意識に辿りつく。



たとえば彼が掘り当てた井戸で、ある水脈に辿りつく。

そして自分が掘り当てた井戸で、ある水脈に辿りつく。



その二つの水脈が奥深いところで繋がっていて同じ水脈だとすると

彼と自分は無意識のところで思いを共有しているんだな・・・

という感覚になるような

そんなことです。



同じように流れる水脈。

それは同じように感じる人間としての寂しさであったり

癒されるものであったり

嬉しさであったり

哀しさであったり。


自分の奥深いところに流れるものが彼と同じであるという感覚。

なのでこんなに彼に惹かれてしまうのかな・・・?と。



本当に素敵な小説はこの無意識の世界をみんなで共有できるものなので

小説家がどれだけ自分の無意識を手探りで辿って物語を紡ぎだせるか

によって決まってくる

という思いは真の小説家なら誰しも感じていることと思います。





なのでなぜか彼に惹かれてしまって

どうしようもない・・・

この思いはこのあたりにあるのかな・・・って思ってます。




だって彼以外に歌の上手い人はたくさんいるし

踊りの上手い人もたくさんいる。

彼よりハンサムな人もたくさんいる(ごめんね)

優しい人も。



でも彼なんだから

彼の影、その無意識の人間的な哀しみみたいなもの

それを彼がふと見せる瞬間に私はとらわれているのかな、と

思ってます。


彼自身は決して自分がそんな哀しみをひきずっているようなことを

全く感じてないでしょうし

(この哀しみというものは、みなさんがおっしゃるようにスナフキンが漂わせている

あの哀しみと同じようなもの、という気がしてます)、

ひとりでいる寂しさを感じたりすることなく、好んで一人が好きでしょうし(^^)



でも私から見ると、そんな無意識から漂ってくる影をとても感じる

ということなんです。




あーほんとすみません。

分かったような分かりにくいような・・・。



結局こねくり回して考えずとも

理屈抜きに彼に惹かれる・・・ということなんですが。


唄って踊って、演技して

笑って、陰ながら努力する

そんな彼に惹かれている、ということです(^^)





 

いつもうまくない写真、スミマセン。