次女が背負う智文字。こんな幸せ
我が家の長女は、ダウン症という障害をもっています。
障害の程度も重度知的障害になります。
県立の特別支援学校に通う長女は中学1年生。
けれどまだまだ1,2,3歳の子供を抱えている気分です。
言葉は片言が少し。日常生活の会話の内容はなんとなく理解していますが
まだまだこれから、一緒に頑張らねば…!という毎日です。
娘が生まれた時には、私も主人も家族みんなショックをかくせませんでした。
初めての出産。
娘をちゃんと生んであげれなかったという申し訳なさと
自分の女性性までも否定されたようなショックで
1年間は悲しみと苦しみの連続でしたでした。
けれど出産した際、ただひとり「おめでとう。」と言ってくれた
医師がいました。
まだ年若い青年医師という風情でしたが
お友達から彼は評判の産婦人科医という噂を聞いていいました。
ちょうど、私が出産後、退院する際に見送ってくれたのがその医師でした。
彼は真摯に私たち夫婦の目を見て
「おめでとうございます。」と送り出してくれました。
「おめでとう。」と言われたのはその時が初めてでした。
家族はもちろん、私たちみんなが動揺する中、
「おめでとう。」という言葉には程遠い入院生活。
夜は一人で泣いて、昼間は頑張って授乳。
でもそんなか弱い長女がほほ笑む姿に勇気づけられ
必死で頑張っていました。
「おめでとう。」そんな当たり前の言葉がどれほどうれしかったか・・・
心にしみj入りました。
そうだ、私は私の赤ちゃんをがんばって生むことができたんだ・・・
そう思えることができました。
もちろんその後も、長女の心臓手術、いろいろな葛藤、悩みの連続でしたが
お友達や職場の方たちがとても自然に
「かわいいー…!」と誕生を喜んでくれ
そんな方々や主人、家族に助けられ、ここまでがんばって来れました。
長女の障害の程度を考えると生活上不憫なことも多々あります
(たとえば、長女は旅行など初めての場所への理解や見通しが立てれないので
ぐずって号泣など度々。ゆえに、ゆっくり出かけられなかったり・・・)。
けれど今では、障害の娘がいても、普通の感覚で
しあわせを感じて生活しています。
同じように障害をもつお母さん方との素敵な出会いはもちろん
長女がいてくれて、癒されることがたくさんあります。
純粋な笑顔や安心して私たちのそばで生活している長女を見ているだけで
可愛いな…と思うのです。
時には鬼母になったりしながら、同じような境遇のお母さん方と
同志のようにつながれる幸せ。
あんまり人と比べて落ち込むこともありません。
娘たちが自分たちの進みたい道に行ってくれればいい
と思えるのも、長女がいてくれたからこそと思います。
長女がもっと幼いころ
24時間テレビに出て、あんなふうに踊ってくれるようになるかな・・・?
スペシャルオリンピックなど出場できるかな・・・?
と期待もあったことも確かです。
でも、今の長女にはまだまだ無理。
長女は今のままのんびり行ってくれたらそれで充分です。
同じ境遇のママ友と話しているとき、そのお友達が
「ふつう親の介護は親が亡くなるまでだけど、私たちの子供の介護は
私たちが死ぬまで一生だから、今から好きなことしよう!」と。
本当にそうです。
なので、老後のためにではなく、今の自分のために自分がやりたいこと
なんでもやってみよう!といつもそんな話になります。
その友達は、アロマの学校に通い、今は自宅サロンを立ち上げています。
私もエネルギーが少ない方で、さくさく行動できる方ではありませんが、
自分のことも大切に、と思って毎日楽しんでます。
ですので重症サトシックになり、そんな方々と知り合えることも
ここ最近のことで、とても大きな喜びです![]()
毎年24時間テレビを観ると、長女が生まれたころを思い出します。
今年は、嵐が武道館にいるころ、箱根旅行予定です。関西よりは嵐に近い~)。
嵐に会えるかな・・・。一応ハガキエントリーしました。
長文失礼しました~
