。。。

 

 

 

 

日本の土地は、ずっとずっと、光の中にありました。

 

 

 

ですがそれは日本人の中にはあらず、

 

神社やパワスポを起点とし、

 

地に流れる川のように、光のネットワークは張り巡らされたものであり、

 

私たちは外に流れているそれを、

 

支流として、自分の場に引き込むことで、

 

光の流れを自分のものとして使うことができました。

 

 

 

 

あまりに光が満ちていた環境であったがゆえに、

 

日本人は自分の中に実は光がないということを、

 

気づくことがなく、

 

いかに外側にある光を自分の場に引き込むか、

 

その手法のみが宗教や啓蒙や文化や自己啓発やスピリチュアルとして、

 

定着します。

 

 

 

自分に向き合うのも、

 

より光の流れを自分に引き込むための手法でしかなく、

 

そのノイズを消しのため。

 

そして神社と紐付けたり神社の神の名前を名乗ったり、

 

光との相似や上書きをし、より大きな流れを自分に引き込むこと。

 

 

 

そして常に、自分の外側に支流だけでなく

 

一番大きな光のネットワークの本流もあるため、

 

自分の意識は外に外に向かい、肉体から引き出され、

 

意識はその川に溶けあい流れていきます。

 

 

 

光の流れ、自分に良い流れを生むためのものにそれぞれ人は集まり、

 

その特徴の集合意識が集められ、

 

意識の派閥のグループが支流として、あちこちで形成されます。

 

 

 

ですがみんながみんな、良い流れを得ることはできません。

 

光の流れがより強くあるものが、

 

本流として、他の支流を飲み込んでいきます。

 

 

小さな支流は、強いことで本流となっているそれに巻き込まれ、

 

その意識に飲まれてしまいます。

 

 

そうなると、今までそれが良い流れであったのに、

 

その個人にとって、良い流れを生み出さなくなります。

 

ですがその他の本流の人間にとっては、それは良い流れであり、

 

それに乗っ取られているがゆえに、

 

自分もつい、そう思ってしまいます。

 

 

 

嫌なことなはずなのに、まあいっかと流したり、

 

その時は嫌なことがわからなかったり、

 

他の人に合わせることの方が安心であったり。

 

 

 

光の強い、他人の良い流れの方に、自分をあわせてしまうのです。

 

 

 

小さな支流のものたちは、自分にとって良い流れではなくなっても、

 

本流の意識に合わせてしまうことで、

 

自分の中に数々のノイズを抱えます。

 

 

そしてノイズが重りとなり、自分を重く重くし続けると、

 

ようやくその流れに抵抗できる石として、

 

自分の意識が固まります。

 

 

 

そうして石化してようやく、その流れから脱却できるようになり、

 

別にある自分にとって良い流れの支流に、

 

移行できるようになりますが、

 

石化したままでは、新しい支流に移っても、

 

そこで堰き止めが派生します。

 

 

 

なので離脱したならば、

 

一度石化したものをノイズとして処理することが必要であり、

 

そこで自分との向き合いが派生し、

 

自分の中身を空っぽにしてから、

 

新しい支流に良い流れに、身を浸すこととなります。

 

 

 

 

日本人は常に、この環境で意識の溶け合いと切り離しを器用に行い、

 

良い流れと石化を繰り返し、

 

光の流れを流用してきました。

 

 

 

 

 

特に、他の人の良い流れに自分を合わせてしまう、ということは、

 

多くの日本人にとって、自分自身を卑下するものとしてあり、

 

そこから生まれた、石化するための反動は、

 

自己卑下とエゴを同時に育て、私たち個人あり方を歪めました。

 

 

 

 

 

自分のものより、常に光の本流の強い、

 

他者の意識が優位に立っていることから、

 

比較していなくてもそっちが良いものとして見えてしまう。

 

 

 

趣味の範囲なのになぜか職人と比べて落ち込んだり、

 

それが嫌で職人の方に難癖つけエゴを高めたり、

 

スピな価値をつけて職人とは別の価値としてずらしたりするのは、

 

自分の内側にはなにもなく、

 

外の光の流れに自分を置いているからこそ、

 

生まれる意識だからであります。

 

 

 

 

 

自己卑下と石化によるエゴと反動は、

 

自分の中身が見えていないからこそ、起こり得るものであります。

 

 

外に光があることで、

 

その環境に意識が左右されているからこそのものであります。

 

 

自分に向き合うことも、石化しないとできないものであり、

 

自分自身の内側に光を灯すように見えて、

 

それは石化のエゴとの向き合いでしかなく、

 

また再び、良い流れを見つけるための空洞化でしかありません。

 

 

 

 

以前の環境では、それしかできないのが現状でした。

 

 

 

 

 

 

今回の、自分自身の中身を照らすための身の内の光は、

 

自己卑下もエゴも育つことはありません。

 

 

他者の意識、強い光がいくら外にあっても、

 

身の内の光が照らす身の内のものは、

 

まったく影響なく、

 

ずっとずっと、変わることはありません。

 

 

 

誰かに流され失ったり、

 

流されまいと頑なに固めなくとも、

 

身の内のままそれそのままで、

 

あとは発光されるだけの状態としてあります。

 

 

 

 

いまだについ、流されてしまうこと、

 

いまだについ、自己卑下でおのれを下してしまうこと。

 

いまだについ、その反動でエゴを許してしまうこと。

 

 

 

それで自分を責めることを、しないでください。

 

それは以前の環境由来のものであり、

 

日本人に植え付けられたただの作用の名残であります。

 

それくらい、外に光の強い流れがあったことの、

 

影響であります。

 

 

 

 

ですがここからは、

 

その環境が解体されたことで、

 

それを維持したままにあるか、そうでないかは、

 

個人個人の選択となります。

 

 

 

 

 

石化とエゴを解き、空洞化されたとしても、

 

光を身のうちに移さなければ、

 

それは空っぽの暗闇としてあるだけであります。

 

 

 

 

 

身の内の光に照らされる、身の内の指し示すその先。

 

良い流れを失っている私たちにとって、

 

それは不動の灯りとして、

 

海図のない私たちの灯び台となります。

 

 

 

 

 

ぜひ、春のこの光注ぐ中で、

 

自分の内側に光を宿しましょう。

 

 

 

 

流されてしまう人、それに抵抗しがちの反動に疲れている人、

 

自己評価が低く、あえて高く見積もることでチャラにしようとしている人、

 

飾りや意味で取り繕いがちな人、

 

自分の内側のあれやこれの調整を、

 

見ることが辛く、面倒としている人。

 

全部全部、環境によって左右されたそれらに疲弊している人。

 

 

 

ぜひ、光の実をお受け取りください。

 

 

 

これは精霊と身の内で育てた内実としてある光であり、

 

だからこそ、人の身の内に宿る親和性を持ちます。

 

 

 

 
ぜひそれを、体験してみてください。
 
4月に向けて、光の春を送りましょう。
 
 
 
 
 
・光の果実のお渡し。
 
・遠隔エネルギーワークとして、
 光の実をお渡しいたします。
 
・5万円。
 
 
 
 

mie. 

 
 
 
 
 
image
 
 
 
 
・胎内転生フルセット。
 
・4つのワーク、
 エナジーの回収から転生、スキル共有まで、
 一連の流れを提供いたします。
 
・料金 12万円。
 
 
・内なる秘祭。
 
・精霊の針を個人の資質、スキルの地脈に通すことで、
 内側の光の枝葉を構築します。
 
・料金 3万円。
 
 
・霊的ホットライン。
 
・亡くなった方、もしくは近くにある霊的存在と、
 スキル共有の繋ぎを動かします。
 
・お好きな金額をお納めください。
 
 
・精霊オンラインサロン。
 
・ビデオ通話などでの交流。
 日常のこと、なにかしらのテーマなど、
 お話しする中でその人に必要な点が打ち込まれます。
 (メッセンジャー、Zoomなど)
 
・80分(40分×2コマ)4万円。
 
 
 

 

))お問い合わせ、お申し込み((

  sironasu@yahoo.co.jp